正・政・清・性・醒
炉ばたセイ談
第17号( 令和3年秋号)
第16号( 令和2年秋号)
第15号( 令和元年秋号)
第14号(平成30年秋号)
第13号(平成29年秋号)
第12号(平成28年秋号)
第11号(平成27年秋号)
第10号(平成26年秋号)
第 9号(平成25年秋号)
第 8号(平成24年秋号)

第 7号(平成23年秋号)
「炉ばたセイ談」の生い立ち  桐野 三郎
「炉ばたセイ談」は「炉ばたセイ談会」(入来武家屋敷茅葺門邸)が一年に一回(八月)発刊する機関誌です。「炉ばたセイ談会」は作家•歴史家であった故入来院貞子氏(1933~2011年)が所属する鹿児島ペンシルクラブで平成十三年に提唱、同クラブ代表の相星雅子氏(1937~2019年)ほか数名の会員がこれに賛同、他に新聞•テレビ関係者、高校・大学の教職員ほか地元の元町長などが加わっていただき、入来武家屋敷の囲炉裏辺で「セイ談」を語り合う会としてスタートしました。「セイ談」のセイは聖、清、正から醒、政、性まで、つまり話題は問わずお互いの蒙を啓こうという程度の、堅苦しくない会という意味です。会は当初武家屋敷の一軒をお借りしてスタートしましたが、行政側の制度変更により借家制度が廃止された後、本拠を茅葺門邸、即ち入来院重朝、貞子ご夫妻宅に移して今日に至っております。機関誌「炉ばたセイ談」は入来院貞子氏が編集長となり平成十七年秋に創刊、第六号まで手掛けていただきましたが、貞子氏が同二十三年に急逝された後を承けて中西喜彦氏(鹿児島大学農学部名誉教授)が第七号以後を担当、今日に至っております。本誌の内容は創刊号編集後記にありますように硬軟、左右なんでもありですが、執筆者には一家言を持つ会員も多いだけに、入来武家屋敷群の一角から発信されるこの小冊子が、いささかなりとも文化的な刺戟となり得ればと念じております。「炉ばたセイ談」生みの親といってもいい故入来院貞子氏の願いも、祖霊の瞑るこの入来の地でささやかながら、一隅を照らす灯を点したかったのではないでしょうか。(以上、炉ばたセイ談第9号より転載)
    ※炉ばたセイ談会会長だった桐野三郎氏は平成29年2月に永眠されました。
最新更新日:2021.11.07
      
著者別・記事Index(目次)
十五代沈寿官
      陶工の仕事(第7号)
隣国との関係(第9号)
 
直心直伝「ソウルの展示会場で」(第10号)
無題(第11号) 
日本人の死生観(第12号) 
この頃思う事(第13号)
 
明治維新について想うこと(第14号)
今こそ「文化力」(第16号)    

ありがとう。澁谷 繁樹さん(第17号)
宮下亮善(天台宗大雄山南泉院住職)
  式年遷宮に見る「共生と循環」(第7号)
根を養えば自ずから幹育つ(第8号)
宮沢賢治と法華経(第9号)
西南の役薩軍戦士菩提寺の事(第11号)
ミャンマー(ビルマ)の赤い大地に立ちて20年(第12号)
西南之役百四十年恩讐を越えて(第13号)
留学生からの質問事項(第14号)
西郷読みの西郷知らずを問う(第15号)
飢餓や渇きは薬では治せない(第16号)
大久保利通公 生誕百九十年記念祭感慨(第17号)
桐野三郎(エッセイスト、初代炉ばたセイ談会会長、平成29年2月永眠) 
  時の過ぎ行くままに(第7号)
時の過ぎ行くままに(2)- なにもそこまで-ガキじゃあるまいし(第8号)
時の過ぎ行くままに(3)- 「炉ばたセイ談」にかけた貞子さんの夢(第9号)
時の過ぎゆくままに(4)- おじいさんになって死ぬる幸せ(第10号)
時の過ぎゆくままに(5)- エンヤコラ今夜も舟を出す(第11号)
時の過ぎゆくままに(6)- 生はいとしき蜃気楼(第12号)
百田陽一(元KKB専務)
  生体解剖事件(第7号)
インサイド・ジョブ(第7号)

こんなブログを書いています(第8号)
ブログより(第9号)
再びハル・ノートについて(第11号)
川涯利雄(歌人、華短歌会元代表)
  至福の時間(第10号)
奇跡のなかに生かされる(第11号)
 
モンテッソーリ教育の子どもたち(第12号)
江藤ヤエ子(エッセイスト) 
  獅子島・長島の旅(第7号)
南米の旅(第8号)
トルコの旅(第9号)
お祭り満喫八日間の旅(第10号)
ニッポン丸ツアー(第11号)
最近の旅行から(第12号)
岩崎好江 
  夢は叶うもの 思い強ければ(第7号) 
福元忠一(元入来町長、平成27年11月永眠) 
  人生わずかに八十年(第8号)
濡れた仔馬のたてがみを(第9号)
大宮神社(第9号)
 
益嵜滋雄(医師、平成26年12月永眠) 
  裁判員制度は司法の逃げではないか(第8号)
肺癌の記(第10号)
中山とし子(エッセイスト) 
  食べる風景(第10号)
茶わん虫のうた(第11号)
古代ハヤトとは何者か ―神武皇后選定の段を手がかりとして― (第13号)
西郷隆盛と肥後の菊池氏(第14号)
蛍にまつわる話三題(第15号)
炉ばたセイ談会とのつながり(第16号)
九・一一直後の米国単独渡航(第17号)
梶原宣俊 
  朝河貫一と『入来文書』と入来院貞子(第13号)
明治六年の政変と西南戦争 - 近代日本の分岐点と西郷隆盛(第14号)
日本の近現代史から何を学ぶか  白井聡の『国体論 菊と星条旗』をめぐって(第15号) 
能謡曲と俳句 ― 身体で日本語の美しさを体験する(第16号)
恩師列伝 ― 七人の侍(第16号) 
謡曲のなかの九州王朝(第17号)
入来院重宏(キリン社会保険労務士事務所代表) 
  中央線の思い出 ~ 森崎くんと八王子へ(第14号) 
昨夜みた夢(第15号)
山本洋子
  母の三回忌によせて(第9号)
バスキア展(第16号)

茅門のある町へ ~ 鹿児島帰省(第17号)
入来院久子 
  墨田の花火(第8号)
雨嫌いのひとり言(第14号)
鶴瓶師匠と父(第15号)
入来花水木会の再興(第17号)
米森寿美男
  変革の時代と変わらないもの(第16号)
風景日付印の面白さ(第17号)
水田 丞
  町づくりに思う(第16号)
田鍋 一樹
  死の淵からの生還(第17号) 
奈良迫英光
  地域づくりと景観保護(第17号)
下土橋渡(元九州職業能力開発大学校教授
  貞子さんとコンピュータ(第7号)
庄内憧憬(第8号)
モクズガニ、その驚きの生活史(第9号
岩村~佐藤一斎 - 歴史を訪ねる旅(1)(第10号)
札幌桑園と旧庄内藩士 - 歴史を訪ねる旅(2)(第10号)
開拓使麦酒醸造所~村橋久成 - 歴史を訪ねる旅(3)(第10号)
鹿児島県人七士の墓 - 歴史を訪ねる旅(4)(第11号)
中津隊、増田宗太郎 - 歴史を訪ねる旅(5)(第11号)
飫肥~小倉処平 - 歴史を訪ねる旅(6)(第12号)
京都浄福寺 - 歴史を訪ねる旅(7)(第12号)
『南洲翁遺訓』と荘内南洲神社 ― 歴史を訪ねる旅(8)(第13号)
松ヶ岡開墾場 - 歴史を訪ねる旅(9)(第13号)
沖永良部島の南洲翁史跡 - 歴史を訪ねる旅(10)(第13号)
佐土原を訪ねて - 歴史を訪ねる旅(11)(第14号)
千本松原~仮説・日向松の由来 - 歴史を訪ねる旅(12)(第14号)
二人の永山 - 歴史を訪ねる旅(13)(第15号)

宮崎八郎と植木学校 ― 歴史を訪ねる旅(14)(第16号)
国歌・君が代の源流を探る ― 歴史を訪ねる旅(15)(第17号)
中西喜彦(鹿児島大学名誉教授) 
  戦中派世代の生き方を考える(第7号)
牛の一生から男女の役割を考える(第8号)
鹿児島大学入来牧場の紹介と今後の課題(第9号)
父親から学んだもの(第10号)
入来院貞子さんの足跡から国体を考える(第11号)
入来町麓と八重から世界大乱の時代を考える(第12号)
平均寿命まで生きて思うこと(第13号)
能「高砂」と「西郷隆盛」からお国柄を考える(第14号)
鹿児島城趾御楼門復元と薩摩藩の能文化(第15号)
生き方の研究から店仕舞いの研究へ(第16号)
会長就任挨拶(第17号)
守田則一
  鹿児島のミニブタは何処へ行く― 中西喜彦ブタ博士の呟きから ― (第15号)
笑えない笑いのある川柳 (第16号)
老人の意味論と生の質QOLの寸察(一)(第17号)
澁谷繁樹(元新聞記者、第2代炉ばたセイ談会会長、令和3年8月永眠) 
  四百三十字の裏で(第8号)
瀋陽の警官は笑顔と共に「アリガトウ」と言った(第9号)
セイシはセイシ(第10号)
知力脚力金力魅力(第11号)
参勤交代九州路完歩(第12号)
会長就任挨拶(第13号)
師父 聖哲 巨匠 達人 泰斗(第13号)
お江戸日本橋(第14号)
相星雅子さんを悼む 憲法オネエチャン(第15号)
入来院重朝(炉ばたセイ談庵主・庶流入来院当主)  
  もどき雑考(第8号)
アベノミックス考(第9号)
茫茫百年(第10号)
つゆがきた(第11号)
益嵜滋雄先生を偲ぶ(第11号)

一日偶感(第12号)
せいごさんを思う(第13号)
歳をとるということ(第14号)
亡き妻を想う(第15号)
今想う(第16号)
令和三年の夏(第17号)
 ※第7号の『弔辞』及び『貞子さんを偲んで』についてはこのIndexには記載してありません。