コラム  ・庄内憧憬   
− 庄内憧憬 −
東北山形は、鹿児島から遠く離れていながら、鹿児島とは何かと縁の深いところである。鹿児島市に本店を置く宝暦元年(1751年)創業の百貨店『山形屋』は、当時、商人の誘致策を展開していた薩摩藩に招へいされて山形県庄内地方からやって来た紅花商人が鹿児島城下で呉服商を開業したのが始まりだそうだ。
  
著者の住む鹿児島県さつま町では毎年2月に恒例の初市が開かれるが、その会場に山形県新庄市から雪のプレゼントが届く。鹿児島の子どもたちにかまくらを見せたい。新庄市のNPO法人の人たちが大型トラックの保冷コンテナに雪を満載し、約1800キロの道のりを2日がかりで運び、初市の出し物としてかまくらを作ってくれるのである。
 
かまくらはおろか、本格的な雪さえ見たこともない子供たちは大喜だ。トラックの帰り便には今度は、さつま町の特産の孟宗竹で作った灯籠『竹ホタル』が積み込まれ、新庄雪まつりで灯される。
 
その新庄には藩政時代、第10代藩主・戸沢正令の正室として、島津家から桃齢院(第八代藩主・島津重豪の11女)が嫁いでいる。戊辰戦争で新庄藩は当初、幕府軍を支持する奥羽越列藩同盟に加盟していたが、のちに急遽政府軍にくみすることになった。その背景には、桃齢院の実家・島津家との関わりがあったのではないかとも推察されている。
 
戊辰戦争において新庄藩と対照的だったのが隣の庄内藩(今でいう山形県鶴岡市、酒田市)だった。庄内藩は、鳥羽・伏見の戦いの契機となった江戸薩摩藩邸焼き討ちを行った主力藩であり、戊辰戦争でも薩長を含む新政府軍に最後まで執拗に抵抗した。そのため、新政府軍に降伏した庄内藩の藩主及び藩士らは、厳重な処罰が下るものと覚悟していた。
  
ところが、新政府軍参謀の薩摩藩士・黒田清隆が下した処置は、温情ある極めて寛大なものだった。実はこれらの処置は、陰で西郷隆盛(南洲翁)が黒田に指示して行わせたものだった。後日そのことを知った旧庄内藩中老・菅実秀は、西郷の大徳に感じ入り、明治になると旧庄内藩士と共に訪鹿して西郷の教えを請うた。
  
明治二十二年(1889年)、大日本帝国憲法発布の特赦によって、西南戦争での西郷の賊名が除かれると、旧庄内藩士らは、西郷から学んだ様々な教えを『南洲翁遺訓』という一冊の本に編集して出版した。
 
旧庄内藩士らは、本を背負い、全国に配り歩き、その伝導者となった。その気概は、今も庄内の地で引き継がれている。昭和51年(1976年)には、(財)荘内南洲会により酒田市内に南洲神社が創建され、平成13年(2001年)には、境内に南洲翁と菅実秀の対話座像『徳の交わり』が建立された。
 
一方、鶴岡は、愛読した時代小説家・故藤沢周平さんの出身地である。南洲神社訪問とともに、藤沢文学の面影を鶴岡に訪ねたいという長年の夢を叶えるべく初めて庄内を訪れたのは、2010年3月末のことだった。
 
山形市内でレンタカーを借りて、妻と二人連れの庄内への日帰りドライブは、県内陸部と庄内地方を結ぶ月山道路を通る。道路沿いは積雪を残したままだった。車窓から遠望する鳥海山、裸木のケヤキ並木が独自の風景を作っていた酒田の山居倉庫、南洲神社、藤沢小説の舞台を彷彿とさせる鶴ヶ岡城跡、質実剛健な教育文化を今に伝える庄内藩校致道館など、有意義な庄内巡りを実現できた。
 
ただ残念だったのは、鶴岡市にある『松ヶ岡開墾場』の存在をそのときまだ知らなかったことだった。その存在を知ったのはつい最近のことである。
 
明治7年(1874年)になると、西日本を中心に相次いで不平士族の反乱が起きる。明治7年の佐賀の乱、明治九年の熊本神風連の乱、福岡秋月の乱、山口萩の乱、そして、最大規模の士族反乱となったのが明治10年(1877年)の西郷隆盛率いる西南戦争だった。こうした反乱と対照的だったのが旧庄内藩の取り組みだった。
 
明治維新直後の廃藩置県の折、旧藩中老・菅実秀は旧庄内藩士の先行きを考え、養蚕によって日本の近代化を進め、庄内の再建を行うべく開墾事業に着手、明治5年(1871年)、旧庄内藩士3000人が荒野を開墾開拓し、明治7年には 311ヘクタールに及ぶ桑園が完成した。明治8〜10年には大蚕室十棟が建設され、その後鶴岡に製糸工場と絹織物工場が創設された。
 
『松ヶ岡開墾場』は、現在、国指定史跡となっており、刀を鍬にかえて大原始林の開墾に挑んだ旧庄内藩士たちの魂を今に伝えているそうである。開墾記念日には、旧庄内藩主・酒井忠篤と松ヶ岡開墾の志を支えた西郷隆盛、開墾開拓に取り組んだ重臣の菅実秀の肖像額を飾り、床の間には西郷隆盛より頂いた『氣節凌霜天地知』の箴言の掛字を掲げて式典が催されるそうである。 
 
いつかまた庄内への旅を実現させて是非『松ヶ岡開墾場』を訪ねたいと思っている。
 
【関連ページ】
(1)雑感 ・南洲翁遺訓のこと
(2)レポート ・歴史のつながり 〜 札幌桑園と旧庄内藩士
(3)旅行記 ・山居倉庫と南洲神社 − 山形県酒田市 
(4)旅行記 ・藤沢周平文学の面影を訪ねて − 山形県鶴岡市
(5)旅行記 ・鶴岡の風景 − 山形県鶴岡市
 

2012.09.14  
あなたは累計
人目の訪問者です。
 − Copyright(C) WaShimo AllRightsReserved.−