レポート  ・不変なもの 〜 『国をつくるという仕事』を読む(3)   
 
− 不変なもの 〜 『国をつくるという仕事』を読む(3) −
西水美恵子さんの著書『国をつくるという仕事』(2009年4月初版発行、英治出版)は、世界銀行で副総裁まで務めた西水さんが、23年間におよぶ世銀での実務の中で見聞した発展途上国の実態や、頭とハートがしっかりつながり、言葉と行動に矛盾のない、忘れえぬリーダたちのことを綴った回想記で、必読の一冊、お薦めの一冊です。
 
著書の中で、西水さんは、”世界で一番学ぶことが大きかった国だ”と述べ、『雷龍の国』ブータンについて多く触れています。現在、米国のワシントンD.C.とイギリス領ヴァージン諸島に在留され、世界を舞台に、執筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続けていらっしゃる西水さんは、ことあるごとに、理想像の理想像と仰ぐジグミ・シンゲ・ワンチェク雷龍王4世のつぎの言葉を紹介されています。
 
    人の世に不変なものは変化のみ
 
平家物語や方丈記に出てくる『諸行無常』あるいは『万物流転』という言葉を思い出しますが、西水さんの著書を読んで、この言葉には、雷龍王の政治改革へのゆるぎない思いが込められていることを知ったのでした。
 
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〜 「人の世に不変なものは変化のみ」と前置きして、国王は政治改革の話題を選んだ。君主制度は、もう国民のためにならない。国の将来は民の選択に託すべきだ。(中略)改革は世の常、逆らえるものではない。積極的に先取りするほうが賢いのに、国民は今のままでいいと反対する。国王になりたくてなったのではない。偶然この命に生まれただけ。自分がもし悪王だったら、我が民はどうするのかと、まるで堰(せき)が切れたように話し続ける雷龍王に、計り知れなく深く厳しい、指導者の孤独を感じた。〜 『国をつくるという仕事』(雷龍の国に学ぶ)から
 
ブータンは、1616年、宗教政治の内紛でチベットから亡命してきたガワン・ナムゲルが支持者に迎えられて政権を樹立し国家として統一されましたが、以後、僧院・豪族派閥間の覇権争いが絶えず、内政不安定な時代が二世紀半続きました。1907年、東部トロンサ一帯を治めていたウゲン・ワンチュク卿が抬頭し、初代世襲君主制国王に選出され、ブータン王国となりました。
 
雷龍王2世によって世襲君主制の中央集権制度が完成しましたが、つづく雷龍王3世は玉座に就くなり、政治改革に着手。君主制と民主制を組み合わせた政府を作りたいと考え、国王の権限縮小を図っていきました。
 
1972年に、3世の急死によって16歳の若さで即位した雷龍王4世は、3世の意志を引き継ぎ、国民議会に国王不信任決議の権利を付与、国王定年制を提案、閣僚任命権を放棄し国会議員による無記名信任投票とする、など政治改革を押し進めました。2005年には、2008年の譲位と総選挙後の立憲君主制移行を表明。2006年、当初の予定を繰り上げて、ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが雷龍王5世に即位しました。
 
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『人の世に不変なものは変化のみ』という言葉は、逆説的な言い方ですが、”決して変えてはならないものがあること”を示唆している言葉だと思います。雷龍王は、”国の案泰と民の幸せ”という、決して変えてはならないものを守るために、自らの権限を縮小あるいは捨ててまでも、政治改革を断行したのでした。
 
18世紀のワットの蒸気機関の発明に始まる産業革命以降、人類は私たちの生活をより便利にし豊かにするために、科学技術を進展させてきました。今私たちはその恩恵を受けているわけですが、反面、人間性の疎外や地球環境の破壊が指摘されています。人の世に不変なものは変化のみ。では、どう変化しなければならないのでしょうか。
 
わが国において遅々として進まない行政改革、財政改革、社会保障と税の一体改革、などなど。どうして遅々として進まないのでしょうか。今後の科学技術の進むべき道、社会の仕組みや経済活動の有り方、政治改革の方向、それらがどう変化していくべきなのか、その判断のよりどころは、”決して変えてはならない守るべきもの”が何なのかを厳しく見定めることによって見えてくるように思います。そして、肝心なのは、頭とハートがしっかりつながり、言葉と行動に矛盾のないリーダの存在です。
 
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西水美恵子さんから送って頂いた2編のコラムがあります。一つは、2008年11月に行われたジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク雷龍王5世の国王戴冠の仏儀の模様について綴られた『信頼という名の大黒柱』と題するコラムで、もう一つは、2011年10月に行われた雷龍王5世の婚儀祝典の模様について綴られた『人民王の本気』と題するコラムです。
 
常に変わらない、国王の民に向き合うスタンスと民の国王に向き合うスタンス(スタンスという言葉が適当かどうかわかりません、西水さんは著書の中で、”指導者と民のダンス”と表現されています)に感動し、雷龍王4世が提唱した『国民総幸福量』(GNH)の背景にあるものを知る思いです。下記のアドレスをクリックすれば、PDFファイルが見れます。是非お読み下さい。
 
 『信頼という名の大黒柱』(2009.01.15)
     → http://washimo-web.jp/Report/NM20090115.pdf
 『人民王の本気』(2011.12.19)
     → http://washimo-web.jp/Report/NM20111219.pdf
 
〔用語〕
雷龍の国=ブータンの現地語での国名 Druk Yul は『雷龍(Thunder  
  Dragon)の国』の意味。ブータン国旗には雷龍が描かれている。
 
【備考】
(1)西水美恵子さんのプロフィールは、下記のサイトなどに紹介されています。
     → http://www.eijipress.co.jp/sp/kuni/author.php
(2)下記のページに書籍紹介があります。
     → http://washimo-web.jp/BookGuide/BookGuide6.htm
(3)『国をつくるという仕事』の印税はご本人の意向により、すべて
   『雷龍の国』ブータンのタラヤナ財団に寄付されています。
(4)下記のレポートがあります。
   ・歩くタラヤナ 〜『国をつくるという仕事』を読む(1)
   ・貧困とリーダー 〜『国をつくるという仕事』を読む(2)
  

  2012.02.29
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