| レポート | ・スペインの歴史 | ![]() |
![]() |
|
||||
| − スペインの歴史(1) −
|
||||
| フラメンコ、ギター、闘牛、カルメン、ドン・キホーテ、ラ・マンチャの男、セビリアの理髪師、ピカソ、ダリ、エル・グレコ、ゴヤ、アルハンブラの思い出、タレガ、アランフエス協奏曲、ロドリーゴ、カザルス、セゴビア、禁じられた遊び、イエペス、FCバルセロナ、レアル・マドリード、パエリア、バレンシアオレンジ、アンダルシア、トレド、グラナダなどなど。 その国について思いつくキーワードを並べてみるとしましょう。ヨーロッパの国々のなかでは、スペインがいちばん多いのではないでしょうか。それだけ、文化が多彩でユニークだということでしょう。こうしたスペインの文化は、スペインの風土とともに、この国の波乱に満ちた歴史に多く影響を受け育まれたに違いありません。 (1) 先ず、イベリア半島最後のイスラム王国の砦だったアルハンブラ宮殿が崩壊し、キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)が終了する1492年までのスペインの歴史をまとめてみました。 1.1.先史時代 先史時代(文字による文献記録が存在する以前の時代)の遺物として、スペイン北部、カンタブリア州の洞窟にクロマニョン人が描いたといわれるアルタミラ洞窟壁画が知られています。約18,000年〜10,000年前の旧石器時代末期に描かれた野牛、イノシシ、馬、トナカイなどの動物を中心とする壁画で、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。 1.2.古代からローマ帝国時代 紀元前12世紀以降になると、フェニキア人やギリシア人が進出してきて地中海沿岸に殖民都市を建設、この頃からイベリア半島は数多くの地域と交易をするようになりますが、紀元前 264年、ローマとカルタゴ(現在のチュニジアにあった古代都市)との間でポエニ戦争が勃発。紀元前 205年にローマ軍が勝利すると、半島の征服を開始し、ローマ化(キリスト教の普及)が進められていきます。紀元前23年にローマ帝国が成立し、その後 500年にわたってローマ帝国の支配が続きます。 1.3.西ゴート王国の成立 しかし、紀元後4世紀後半になると、大きくなりすぎたローマ帝国の力が隅々まで行き届かなくなるとともに、ゲルマン民族(現在のドイツ北部・デンマーク・スカンジナビア南部地帯に居住していたインド・ヨーロッパ語族)の大移動が起きます。 ゲルマン民族の大移動に伴って南下してきた西ゴート族がローマを占領後、南フランスに西ゴート王国を建国( 415年)し、イベリア半島も制圧。 560年アタナヒルド王はトレドに遷都してキリスト教国家が誕生、およそ 200年間統治を行いました。 1.4.イスラム勢力の盛衰 やがて、シリアに建国したイスラム王朝『ウマイヤ朝』が、北アフリカにまで勢力を伸張し、さらに 711年にイベリア半島に侵入。豊かな文化・技術・哲学・文学を持ったイスラム教徒は、キリスト教徒をイスラム教へ改宗さえながら、イベリア半島を北へ北へと上っていきました。 キリスト教の王はピレネー山脈の麓へ追いやられ、西ゴート王国は滅亡し、カンタブリア山脈、ピレネー山脈付近を除くイベリア半島の大部分がイスラム教徒によって制圧されました。その版図は『アル・アンダレス』と呼ばれ、 716年よりウマイヤ朝の属州となりました。717年、コルドバにアル・アンダレスの首都が置かれます。 ウマイヤ朝は、ピレネー山脈を越えてフランク王国に戦いを挑み敗退して 750年に滅亡しますが、 756年にウマイヤ家によって『後ウマイヤ朝』が樹立され、コルドバに首都を置き、アル・アンダルスを再支配、1031年に滅亡するまで、 270年余のイスラム支配の全盛期を謳歌しました。 宰相位争いと豪族間のカリフ位(預言者ムハンマド亡き後の、預言者の代理人としてのイスラム共同体、イスラム国家の指導者の地位)の擁立合戦といった内憂と、アラゴン王国、カスティーリャ王国(いずれもキリスト教国)の圧迫という外患のすえ、1031年に後ウマイヤ朝が滅亡。 その後、アル・アンダレスは、セビリア王国、トレド王国、サラゴサ王国、グラナダ王国、バレンシア王国といった小王国が分立する時代を迎えます。これらの諸王国が結束を欠くなかで、キリスト教勢力が巻き返しを図ることになります。 1.5.レコンキスタ(国土回復運動) 『レコンキスタ』(スペイン語でReconquista)は、718年から1492年までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称であり、日本語では意訳で国土回復運動、直訳で再征服運動と呼ばれています。 8世紀初頭、イベリア半島をイスラム勢力のウマイヤ朝が征服し、西ゴート王国が滅亡した際、イスラムへの抵抗を続けた西ゴート王国の貴族ペラーヨは、イベリア半島北西部にまで逃れ、 718年に『アストゥリアス王国』を建国しました。レコンキスタはこの年に始まり、グラナダ陥落の1492年に終わったとされています。 イスラム勢力に圧倒されていたイベリア半島でしたが、半島北部よりキリスト教諸勢力が台頭を始め、『国土回復』の名の下にレコンキスタを展開し南下して行きます。その担い手となったのが、ポルトガル王国、カスティーリャ王国(イベリア半島中央部にあった王国)、アラゴン王国(イベリア半島北東部、現在のスペインのアラゴン州に存在した王国)などでした。 1469年、カスティーリャ王女イサベル(後のイサベル1世)とアラゴン王太子フェルナンド(後のフェルナンド2世)が結婚すると、1479年にカスティーリャ王国とアラゴン王国が合併し、いわゆるスペイン王国が成立します。イベリア半島に最後まで残っていたイスラム教徒のナスル朝グラナダ王国の砦だったアルハンブラ宮殿が1492年に崩壊し、グラナダ王国が滅亡しレコンキスタが終了します。 同年、スペイン女王イサベル1世の援助を受けたジェノヴァ人(イタリア半島の北西部付け根)のコロンブスが新大陸(アメリカ大陸)航路を発見し、『太陽の沈まない帝国』(スペイン帝国)の礎が築かれていくことになります。(ウィキペディアなどを参考) 【まとめ】 ・先史時代(約18,000〜10,000年前)アルタミラ洞窟壁画が描かれる ・紀元前12世紀以降、地中海種族が進出してきて殖民都市を建設 ・ローマ帝国時代(紀元前23年〜紀元後415年までの約 500年間) ・西ゴート王国時代(415年〜716年の約 200年間) ・イスラム全盛期(後ウマイヤ朝)(756〜1031年の約 270年間) ・小王国分立時代(1031〜1469年) ・1479年、スペイン王国成立 ・1492年、ナスル朝グラナダ王国滅亡 レコンキスタ(国土回復運動)が終了 【主な文化財・観光地と年代】 ・ローマ帝国時代 紀元前100前後、セゴビアのローマ水道橋建造 紀元前24年、ローマ劇場建設 紀元前8年、メリダの円形劇場建設 ・西ゴート王国時代 560年、西ゴート王国、トレドに遷都 ・イスラム支配の時代 717年、コルドバにアル・アンダルースの首都が置かれる 756年、コルドバに後ウマイヤ朝成立 785年、コルドバでメスキータ(大モスク)着工 ・レコンキスタ(国土回復運動)時代 1226年、トレドのカテドラル(スペイン・カトリックの総本山)建設開始 1238年、グラナダにイスラム教徒ナスル朝グラナダ王国成立。 同年、アルハンブラ宮殿建設開始 1401年、セビリアのカテドラル(スペイン最大規模)建設開始 1492年、アルハンブラ宮殿が落城、グラナダ王国滅亡。 レコンキスタが終了 |
||||
| 2011.08.03 | ||||
|
|
||||
|
||||
|
||||
| − Copyright(C) WaShimo AllRightsReserved.− |