レポート  ・マキャベリ的知性仮説   
− マキャベリ的知性仮説 −
今回も、サルの毛づくろいに関わりのある話です。まず、タイトルの『マキャベリ的知性仮説』とは、人間の持つ高度な知的能力は、複雑な社会的環境への適応能力(マキャベリが彼の著書『君主論』に書いているような、社会的・権謀術数的な駆け引き能力)の必要性によって進化した、という仮説であり、『社会脳仮説』とも呼ばれています(参考:ウィキペディア)。
 
イギリスの人類学者・進化生物学者であるロビン・ダンバーによると、霊長類(サル類や類人猿およびヒトなど)は、群れという共同体生活のなかで生じる、個体それぞれのストレスを回避し、何とか良好な個体間関係を維持するために毛づくろいをするようになりました。
 
ダンバーは、毛づくろいの頻度は、群れの規模に比例して増加し、霊長類の大脳新皮質の大きさは、群れの規模とはっきりした相関関係があることに気づき、著書『ことばの起源〜猿の毛づくろい、人のゴシップ』(松浦俊輔+服部清美・訳、青土社)の中で、マキャベリ的知性仮説を裏づけるための立派な証拠になっていると述べています。
 
サルや類人猿は、第三者間の関係をも認識して、自分がどう行動すべきか考える能力を持っているそうです。A、B、Cの3匹のサルがいるとします。サルAは、自分とサルB、サルCの関係だけでなく、サルBとサルCの関係も認識し、例えばサルBとサルCが仲良しだと知ると、サルBに逆らって自分を助けるようサルCに頼んでも意味がないことを理解するはずです。他の動物は、自分とBとCの関係しか理解しないため、Bに逆らって自分を助けるようCに頼むという過ちを犯すことになります。
 
5頭からなる群れは、自分自身と他の仲間との4つの関係に絶えず注意しながら、さらに他の4頭の個体間にある6つの関係を監視しなければなりません。20頭の群れになると、自分自身と仲間との19の関係と、群れの他の19頭間にある 171の第三者間の関係に絶えず注意を払うことが必要になります。このように、群れの規模が大きくなると、より高い知的能力が要求されるようになり、知的能力が高まれば群れはさらに規模を大きくしていきます。
 
ダンバーの上述の著書に、チンパンジーの群れに関する面白い観察事例が紹介されています。
 
チンパンジーAは、何年間か第一位にいた雄で、交尾適齢期を迎えた雌との、ほぼ独占的な交尾権を享受して来ましたが、若い雄のチンパンジーBに第一位の座を奪われたばかりでなく、2〜3ヵ月後にはさらに若いチンパンジーCに第二位の地位まで奪われ、すべての特権を失ってしまいました。
 
しかし、老獪(ろうかい)なチンパンジーAはあきらめません。第一位の座を狙おうと機会を伺っているチンパンジーCと手を組むのです。チンパンジーCがチンパンジーAの援護を得て第一位の座に着くと、チンパンジーAは第二位の座を取り戻し、その地位を利用して、雌と交尾を始めました。
 
もちろん、第一位の座に着いたチンパンジーCは立腹してこれを許さず、厚かましいチンパンジーAを懲らしめますが、チンパンジーAはおとなしくじっと時節を待ちます。やがてチンパンジーCとチンパンジーBが小ぜりあいを始めると、チンパンジーAは今度は傍観者となって、チンパンジーCを助けに行くことを拒んだのです。まさしく、権謀術数的な駆け引きにほかなりません。
 
一方、国際ニュースのAFPBB News(2008年01月03日)も、サルの毛づくろいにまつわる、フランス・パリ発の面白い記事を配信しています。
 
シンガポールの南洋理工大学のMichael Gumert氏は、インドネシアで20か月間にわたってカニクイザル50匹を調査して、雄ザルが交尾の代価として雌ザルに毛づくろいすることを明らかにしました。雌は1時間に平均 1.5回交尾しますが、雄に毛づくろいしてもらった後は、 3.5回に増えるそうです。
 
また、一ヶ所に雌が複数いた場合、交尾の価格は大幅に下がり、8分間毛づくろいすれば交尾が可能となりますが、ほかに雌がいない場合、交尾の前に最長で16分間の毛づくろいの奉仕が必要だそうです。まったく人間社会的だといったら顰蹙(ひんしゅく)を買うでしょうか?
 
【用語】
〔権謀術数〕(けんぼうじゅっすう)=主に社会・集団において物事を利己的な方向へ導こうとするための技法の総称。『権』は権力、『謀』は謀略、『術』は技法、『数』は計算を意味するとされる(ウィキペディアより)。
 
【備考】
下記のページが参考になります。
■レポート ・ことばの起源〜猿の毛づくろい、人のゴシップ
  → http://washimo-web.jp/Report/Mag-Grooming.htm
旅行記 ・高崎山自然動物園 − 大分県大分市
 

2011.01.27  
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