コラム  ・夏椿と雀石と蛤石   
夏椿と雀石と蛤石
有馬温泉(兵庫県神戸市)の、温泉寺や極楽寺などの社寺が立ち並ぶ寺田町界隈の高台の一等地に、浄土宗のお寺である念仏寺は建っています。この寺の本堂奥には、苔と石で山水を表現した庭園があり、樹齢 270年あるいは 300年以上とも伝えられる夏椿の大樹が植えてあります。
 
わが国で夏椿は、仏教の聖樹である沙羅双樹に見立てられることから、『沙羅』の別名を持ち、この庭園は『沙羅樹園』と呼ばれています。毎年6月中旬〜下旬頃、夏椿の見頃に合わせて『沙羅の花(夏椿)と一弦琴の鑑賞会』が催されるそうです。
 
そして、夏椿の左右にはなぜか、向かって左に雀に似せた『雀石』、右に蛤(はまぐり)に似せた『蛤石』と呼ばれる大きな石が2つ配されているのです。この2つの石は、『雀海中に入り蛤となる』という中国のことわざを表現しています。
 
『雀海中に入り蛤となる』ということわざは、『思いがけない変化があること』あるいは『物事の変化が激しいこと』の例えなわけですが、このことわざは俳句では『雀蛤になる』という秋の季語になっているから面白いです。晩秋になり寒くなると人里に雀が少なくなるのは、海で蛤になっているからだというのです。
 
〜 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし。たけき者も遂(つい)には滅びぬ、偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ。〜
 
これは平家物語の冒頭の部分です。すなわち、夏椿(沙羅双樹)の花は『諸行無常』『万物流転』の象徴なわけです。さて、念仏寺の庭園になぜ、夏椿と雀石と蛤石が配されているのでしょうか? どこかミステリアスであります。
 
実は、念仏寺は天文7年(1539年)の創建でもともとは谷之町にありましたが、徳川の世になった慶長年間(1596〜1614年)に豊臣秀吉公の正室・北政所の別邸があった跡地の現在地へ移転されたのです。
 
それは、豊臣時代の痕跡をこの有馬の一等地から抹消するために、徳川の宗派である浄土宗のお寺を移設したものでしたが、このとき庭園を造った豊臣恩顧の庭師が豊臣から徳川へと時代が大きく変わってしまった、そして徳川の世もいずれは・・・といという、無言のメッセージを込めたものかも知れません。
 
下記の旅行記があります。
 ■旅行記 ・有馬温泉 − 兵庫県神戸市
 

2021.01.21
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