コラム  ・100年の歳月   
− 100年の歳月 −

100年 という時間の長さを測るとしたら、あなたはどんな物差しを用いるだろうか。自分の年齢を二倍、あるいは三倍する人もいるだろうし、団塊の世代には青春の真っ只中だった昭和43年(1968年)が明治維新 100年という節目の年だったことを思い出す人もいるかも知れない。若い人たちには、まだピーンと実感できない時間の長さだろうか。
 
九州にも新幹線時代が到来し、2011年には全線開通の予定である。そんな中で、鹿児島県内には今なお現役で使用されている築後100年以上を経た木造駅舎がある。JR肥薩線の大隅横川駅と嘉例川(かれいがわ)駅だ。両駅とも、1903年(明治36年)の開業である。
 
肥薩線は、熊本県の八代を起点に球磨川に沿って人吉まで走り、さらに山間をぬって、鹿児島県の錦江湾に臨む町、隼人に至る全長 124km余りの、全区間非電化のローカル線である。車社会の到来とともにローカル線が次々と廃止されていくなかで、今日までどうにか生き延びてきた。
 
その肥薩線にあって、両駅舎は、柱や梁は枯れ、壁や土塀は変色して古ぼけ、セピア色の雰囲気を漂わせながらも、今なお 100余年前と同じ姿のまま山間に佇んでいる。
 
一方、嘉例川駅から車で10分とかからないところに鹿児島空港があって、ジャンボ旅客機が轟音を轟かせながら引っ切り無しに離発着している。大隅横川駅と嘉例川駅が開業した年は海外では、人類が初の動力飛行に成功した年であった。
 
1903年12月17日、ライト兄弟はアメリカ南東部のノースカロライナ州キティホークの海岸で、四気筒水平型12馬力の複葉機を初めて空中に飛ばした。わずか12秒間の、距離にして 36.6mの飛行にすぎなかったが、人類初の動力付き飛行の成功であった。
 
それから 100年、今大型ジャンボ旅客機は、総二階建ての客室に500名 以上の乗客を乗せて音速に近い速度で1万5千kmをひとっ飛びする時代になった。とても凄まじい進歩である。
 
大隅横川駅と嘉例川駅の駅舎の 100年は、自然に抱かれ、ひたすら時空に身を委ねながら歩いてきた歳月だった。SL時代の蒸気機関車がシュシュポッポ、シュシュポッポと、その後の一両編成のディーゼル車が、カタンコトン、カタンコトンと走るような歩みで。そしてそれは、肥薩に住む人々の暮らし振りそのものに他ならなかった。
 
一方、それと同じ 100年の歳月を、科学技術は追い越せ追い抜けの競争をしながら、全速力で疾走し続けてきた。その成果、すなわち文明という普遍的なツール(道具)は、好むと好まざるとにかかわらず、水が盈(み)たして進むように、あまねく世界中に浸透せずにはいない。
 
その恩恵を受けて、私たちは便利で快適な暮らしを享受しているが、それでも、 100余年を経た木造駅舎の前に立つと、そのノスタルジックな雰囲気に安堵感を覚え、『うん、ゆっくりでいい! スローでいい!』と相槌を打ちたくなるのは、何んなのだろう。
 
地上に生命がつくり出されるまで、何億年という長い年月が費やされた。それからまた、何千年という時をかけて、生命はやっと環境に適合して生きられるようになった。だから、私たちのDNAには、本来『ゆっくり行こうじゃないか』という情報遺伝子が組み込まれているのかも知れない。
 
― 余は時雨の音の淋しさを知つている、しかし未だかつて、原始の大深林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほど淋しさを感じたことはない。かつて人跡を許さゞりし深林の奥深きところ、一片の木の葉の朽ちて風なきに落つる時、自然は欠伸して曰く、『あゝ我一日も暮れんとす』と、しかして人間の一千年はこの刹那に飛びゆくのである。 ―
 
国木田独歩が短編『空知川の岸辺』で語っているように、宇宙や生命創造のスパンからすると、 100年という歳月は、自然が瞬きをする瞬間に過ぎない。瞬きの刹那に、急峻な立ち上がりで進化を遂げてしまった文明が、果たしてほんの一過性のノイズとして消え失せずにすむだろうか、今年の夏の異常な暑さを振り返ってそんな思いを強くするのは私だけだろうか。
 
そして、本来大事なのはツールより、暮らしのあり方ではないかと思う。少々不便でも、少々効率が悪くても、少々不合理なところがあっても、人々が望めば、その地方地方に根ざした独自の暮らし振りが可能な、たおやかな世の中であって欲しいものだ。
 
築後 100余年を経た木造駅舎は今、人々の静かな人気を集めている。幸い、九州新幹線部分開業を期に、観光路線としての整備が計られ、鹿児島中央駅〜吉松駅間に、観光特急『はやとの風』が運行されたり、嘉例川駅の記念弁当が販売されたりしている。そうした取組みに声援を送りたいという思いである。
 

【参考】
下記の旅行記があります。
旅行記 ・築後百年の木造駅舎(1)〜大隅横川駅
旅行記 ・大隅横川駅(2)
旅行記 ・築後百年の木造駅舎(2)〜嘉例川駅
旅行記 ・嘉例川駅(2)
 

2004.09.15  
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