レポート  ・山本作兵衛の炭坑画   
 
− 山本作兵衛の炭坑画 −
生粋の炭坑夫であった山本作兵衛という人が描いた炭坑記録画がたくさん残されていること、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)主催の遺産事業のひとつに、世界記憶遺産という事業があること、そして、それらの炭坑画が日本で初めて世界記憶遺産に登録されたこと、を知ったのは、2011年9月11日(日)放送のNHK・Eテレ日曜美術館『よみがえる地底の記憶 〜世界記憶遺産・山本作兵衞の炭坑画〜』(2012年2月5日(日)再放送)を観てのことでした。
 
現在の福岡県飯塚市に生まれた山本作兵衛氏(1892〜1984年)は、14歳のとき炭坑夫として初めて入坑して以来、閉山に伴い63歳(昭和30年)で解雇されるまで、約半世紀を採炭夫や鍛冶工として、筑豊各地の中小炭坑で働きました。
  
夜警宿直員になった65歳から、戦死した長男への想いを紛らすために広告の裏などに炭坑の絵を描くようになり、66歳からは、書き溜めていた日記などを基に画用紙と墨で描きはじめました。その後、すすめがあり、彩色するようになりました。92歳で亡くなるまでに描いた絵は2千枚にも及ぶと言われます。
  
炭坑画には、坑内の労働のみならず、ヤマ(炭鉱)の生活、禁忌、当時の世相、子供たちの暮らしなど、炭坑社会のあらゆる場面が描かれ、筑豊炭田をたくましく生きる人々の明るくおおらかな姿が、絵と文章を組み合わせた構図と独特のタッチで描かれています。
  
生粋の炭坑夫であった山本作兵衛氏が、炭坑記録画という貴重な遺産を残した背景には、彼の際立つ個性がありました。一つは、うそが嫌いで几帳面な性格、二つ目は、知的好奇心の旺盛さ。そして、最大の要因は、『絵が好きだし、絵が描きたかった』と語るほどの、生来の絵心。これらの特徴的な個性があわさって、炭坑記録画が生み出されたと言われます。
  
田川市は当初、『九州・山口の近代化産業遺産群』の関連資産として、旧三井田川伊田坑竪坑櫓(やぐら)と二本煙突の世界遺産登録を目指していましたが、海外の専門家委員が来館・視察の際、作兵衛氏の炭坑画を鑑賞し、世界記憶遺産への申請を勧めました。
  
世界記憶遺産(Memory of the World )は、世界遺産(不動産対象)、無形文化遺産(人類口伝及び無形遺産傑作)と並ぶ、ユネスコ主催の三大遺産事業のひとつで、失われていく歴史的記録遺産を最新の技術を駆使して保全し、研究者や一般人に広く公開することを目的とした事業だそうです。
  
2011年5月、田川市石炭・歴史博物館所蔵の炭坑画 585点と日記類42点、福岡県立大学保管の炭坑画4点日記類66点(計 697点)が、日本で初めて世界記憶遺産に登録されました。政府や企業が残した公のものではなく、筑豊の炭坑で実際に働いていた一坑夫の体験に基づいた、まったく個人的な記録であることが高く評価されたのだそうです。
  
世界記憶遺産登録を記念して、田川市石炭・歴史博物館では、世界記憶遺産に登録された697点のうち、同館が所蔵する627点の資料群から、炭坑記録画(水彩画・墨画)の原画などの貴重な遺産を特別公開する『山本作兵衛コレクション展』を、平成23年9月17日から平成24年3月11日まで開催(当初は、平成24年1月9日までの予定でしたが、原画特別公開の継続を望む声が多く寄せられたことから会期を延長)。
  
著者が、田川市石炭・歴史博物館を訪ねた12月10日(土)は、『運搬/縁起・迷信・禁忌』をテーマに墨画10枚、水彩画20枚の原画が展示されていました。例えば、次のような絵が展示されていました。
  
明治中期、深さ200m以上の坑内では馬を使って運搬した。深いところでは一週間くらい馬を地上にあげなかった(坑内馬)。明治末期に電力マキ(巻揚機)が登場、中小ヤマが電力マキになったのは大正後期であった(蒸気捲機と電気捲機)。
  
ヤマ人は、葬式に関すること、会葬することをホネガミという。例えば、今日はホネガミで休むなどというが、本当に骨を噛むのではないから、お安心を(骨噛み)。夜の12時過ぎの、坑内に陰気みなぎる淋しい頃、二人〜三人くらいのとき、狸が出てきてイタズラをする(坑内の狸)。
  
坑内で、笛や口笛を吹くこと(非常、変災のときに竹笛を吹き鳴らして知らせていたから)、拍手をすること(柱のカミサンが重圧で割れる音と間違えるから)、頬被りをすること(耳をふさぎ、柱やカミサンが裂ける前兆がわからなくなるから)を嫌い、猿はサル(去る)、サル(去る)で忌み嫌った(縁起)。
  
坑内で謡曲(ウタイ)をうなること、坑内で女が髪をとき櫛づけすること、入坑者のある留守家でイリモノ(炒り物)をすることを忌み嫌った。入坑の前に家のクロ(カマ口の黒すす)を指で額ミケンに塗って今日の安全を祈願する人もいた(縁起2)。
  
つぎの旅行記があります。
旅行記 ・田川市石炭・歴史博物館 − 福岡県田川市
  
【参考図書】
このレポートは、『山本作兵衛コレクション展』で頂いたチラシや館内に張られていたパネルの説明文のほか、下記の図書を参考にして書きました。
(1)炭鉱の語り部・山本作兵衛の世界(田川市石炭・歴史博物館、田川市美術
  館、平成20年11月第一刷発行)
(2)筑豊炭坑絵巻・上 ヤマの仕事(著者:山本作兵衛、発行所:葦書房、昭和
  52年7月第一刷発行)
(3)筑豊炭坑絵巻・下 ヤマの暮らし(著者:山本作兵衛、発行所:葦書房、昭 
  和52年7月第一刷発行)
   

 2012.02.06 
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