レポート  ・エントロピーとエネルギー問題   
− エントロピーとエネルギー問題 −

高度経済成長にかげりが見え始め、エネルギー問題や環境問題がクローズアップされ出した1980年代の終わりから90年代にかけて、「エントロピーの経済学」と題する本が出版されるなど、ひところ話題となったので、エントロピーという言葉をお聞きになったことのある方、あるいはその内容をご存知の方も多いことと思います。


私たちの生命や生活、経済的な営みなどを含めて万物は、根源的に『エントロピー増大の法則』という法則に支配されています。私たちが自分たちの生命や生活を維持しようとする活動、あるいはエネルギー問題への取り組み等は、エントロピーの増大を防ごうとする活動にほかなりません。


ところが、「回収した資源ごみをリサイクルして再生する過程は、新たなエントロピーの増大を生む。それで果たして、エネルギー問題を解決しようとしていることになるのか?」という命題を、『エントロピー増大の法則』は提起するのです。


エントロピー


整理整頓され、秩序の保たれている部屋もほっとけば、そのうち物が散らかっていきます。片付けをしないと足の踏み場もないほどになるでしょう。煙が閉じ込められた箱のふたを開けると、煙は空気中に拡散していって、煙か空気か分からなくなります。


冷たい水に熱い湯を注ぐと、最初は湯と水の部分に別れていて温度差がありますが、次第に混ざり合って均一な温度のぬるま湯になります。ぬるま湯は、さらに熱が空気中に放散されて、大気と同じ温度に落ち着きます(変化がそれ以上進まない落ち着いた安定な状態を平衡状態と言います)。


人間の動きや行いも同様です。たてよこに整然と並べられた机に座って授業を受けていた子供たちは、休み時間になると、教室を出て思い思いに散らばって行きます。給料日に満杯だった財布の中の一万円札も、一枚、二枚と次第に散財して行きます。


エントロピー(entropy)は、ドイツの理論物理学者・クラウジウスが1865年に熱力学で導入でした概念で、「エネルギー」の en と「変化」(英語では、transformation)を意味するギリシア語 tropy の合成語でクラウジウスによって命名されました。今日、エントロピーの概念は、熱力学や物理学の分野に留まらず、情報理論や経済学、社会科学など、広い分野で応用されています。


エントロピーは、『無秩序な状態の度合い』を数値で表すもので、無秩序な状態ほどエントロピーは高く(数値が大きく)、整然として秩序の保たれている状態ほどエントロピーは低い(数値が小さい)のです。


エントロピー増大の法則


エントロピーという言葉を使って表現すれば、すべての事物は、「それを自然のままにほっておくと、そのエントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らことはできない」ということになります。これが、いわゆる『エントロピー増大の法則』です。


エントロピーの低い状態を一言で「秩序ある状態」、エントロピーの高い状態を「無秩序な状態」と表現しましたが、「秩序ある状態」や「無秩序な状態」には、いろいろの様相があります。エントロピーの高い低いと事物の状態との関係をまとめると次のようになります。




ポテンシャル

エントロピーが増大すれば、どんな不都合が起きるのでしょうか? エントロピーが増大すれば、エネルギーの質が低下するのです。


熱量から仕事(力を加えて物を動かす働き)を取り出す実験を行ってみましょう。注射器の先端に中空の球を取り付けたものを準備します。その中に温度25℃の空気を入れて栓(せん)をします(参考図6)。
・参考図6を見る。
  → http://washimo-web.jp/Information/entropy/entropy1.htm


その注射器の球状部を容器Aの75℃のお湯の中に浸します。球状内部の空気は暖められて熱膨張し、ピストンを押し上げます。すなわち、仕事を取り出すことができます。一方、容器Bの30℃のぬるま湯の中に浸した場合は、球状内部の空気の熱膨張がごくわずかなため、ほとんど仕事を取り出すことができません。


エネルギーの『仕事をする潜在能力』のことをポテンシャル(potential)と言います。容器Aの熱量はポテンシャルが高く、容器Bの熱量はポテンシャルが低いということになります。


容器Bのぬるま湯から仕事を取り出せないのは、30℃という温度の低さのせいではありません。水と注射器の中の空気の『温度差』が小さいことに原因があるのです。気温が−20℃の空気を注射器で吸入して実験をすれば、容器Bの30℃のぬるま湯からも容器Aの場合と同じ量の仕事を取り出すことができます(参考図7)。(しかし、実際には、気温−20℃の大気を実現すること自体が難しいです。)
・参考図7を見る。
  → http://washimo-web.jp/Information/entropy/entropy1.htm


ポテンシャルを生み出しているのは、『2つの熱源の温度差』であることがわかります。


エネルギーの量と質


ガソリンを燃やして車を走らせます。そのときガソリンのエネルギーは、排気ガスや摩擦熱となって放散され、大気中に保存されます。石油を原料にしてプラスチック容器を作ります。石油のエネルギーの一部は、今はゴミとなったプラスチック容器の中に保存されています。


しかし、大気中の温度の低い熱量やプラスチック容器の中のエネルギーから仕事を取り出すことはできません。「エネルギー保存の法則」によって、エネルギーの量は保存され、その総和は減ることはありませが、「エントロピー増大の法則」によって、エネルギーの質は絶えず低級化して行くのです。


『私たちは、エネルギーそれ自体を消費して減らしているのではなく、ポテンシャルを消費して、エネルギーの質を低級化させている』。これが、エネルギーを消費するということの本質なのです。だから、ゴミの山ができ、排気は限りなく大気を温め続けています。これが、「エントロピー増大の法則」の意味するところであり、枯渇しようとしているのは、エネルギーそのものではなく、エネルギーのポテンシャルなのです。


          図2 エネルギーの質の順位と環境問題への取り組み


図2に示すように、(1)→(2)→・・・(8)と進むに従って、エネルギーの質の順位が下がって行きます。質の順位が高いほど、人為でコントロールでき、仕事を取り出せる良質のエネルギーです。逆に、質の順位が低いほど人為でコントロールができず、仕事を取り出せない質の悪いエネルギーです。(1)→(2)→・・・(8)と進むに従ってポテンシャルは減少し、エントロピーは増大します。


すべてのエネルギーの源である太陽エネルギーが最も質の順位が高く、大気中の温度の低い熱量やゴミや廃棄物などが最も質の順位の低いエネルギーです。


資源循環型社会を構築する論理的な意味


回収した資源ごみをリサイクルしてポテンシャルの高い資源に再生するには、新たに他のエネルギーのポテンシャルを消費する必要があります。この新たなポテンシャルの消費によるエントロピーの増大が、資源ごみを再生することによって達成されるエントロピーの減少より大きいと、リサイクルの意味がありません。再生するのにできるだけポテンシャルを必要としない、いわゆるリサイクルにおける環境負荷の
小さい『バイオマス資源循環型社会』を構築する論理的な意味がここにあります。


(※注)
バイオマス(biomass)は、バイオ(bio=生物、生物資源)とマス(mass=量)からなる言葉で、再生可能な、生物由来の有機性資源で、化石資源を除いたもの。
例えば、下記のサイトなどが参考になります。
             → http://www.kanto.maff.go.jp/biomass/q&a.htm




2004.08.30  
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