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旅行記 ・旧国鉄宮原線遺構 − 熊本県阿蘇郡小国町 2019.03
 
きゅうこくてつみやのはらせんいこう
旧国鉄宮原線遺構
汐井川橋梁(左)と堂山橋梁(右)
宮原線(みやのはるせん)は、
大分県玖珠郡九重町の恵良駅から熊本県阿蘇郡小国町の肥後小国駅までを結んでいた、
日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)でした。
涌蓋山(わいたさん)を背景にした堂山橋梁
しかし、1984年(昭和59年)12月1日に
全線が廃止されました。宮原線は廃線後も有名な路線だそうです。
その大きな理由のひとつが今も残るアーチ橋だそうです。
堂山橋梁の近景
宮原線跡地には、
廣平・菅追・堀田・汐井川・堂山・北里・幸野川の7本のコンクリートアーチ橋が残っていて、
2004年(平成16年)2月に国の登録有形文化財に登録されました。
汐井川橋梁と民家
廃線から34年を経過した現在でも
今なお小国の人たちの日常生活の風景の中にあります。これらの橋梁のように、造建築物は
風景にマッチした美しいものでなければならないと思わさせられます。
汐井川橋梁近景
それら7つの橋梁のうち、堀田橋梁から
幸野川橋梁の5つを今回訪ねることができました。まず最初の写真は、麻生釣駅〜北里駅に残る
汐井川橋梁(左手)と堂山橋梁(右手)の2つの橋梁が同時に見える写真です。
堀田橋梁
小国富士とも称される
標高1500mの湧蓋山
(わいたさん)を背景にした堂山橋梁は、現役時代にも有名な
撮影ポイントで、雑誌等でもよく紹介されていたそうです。
北里駅跡
小国町北里は、新千円札にその肖像の採用が
検討されている北里柴三郎の生まれ故郷です。北里駅はホームが保存され、地元の特産品や
野菜を売る店が建ち、ホームには上屋とベンチも新設されています
北里駅跡
 これら7本の橋梁は竹筋コンクリート造とされ、
特に幸野川橋梁については建設時に竹筋を目撃したとの証言があり、一部の橋梁から
採取したコア中に竹片が所在することが目視確認されているそうです。
 
北里橋梁
肥後小国駅跡は
道の駅小国(ゆうステーション)となり、駅名標などが保存されています。北里〜肥後小国間の
線路跡は大部分が遊歩道として整備されています。
島津斉彬公使用の手水鉢
北里〜肥後小国間の線路跡は
元はマウンテンバイクのコースとして使用されたため路面は未舗装の
ままであり、鉄道時代の面影をよく残しているそうです。
肥後小国駅跡
小国町では
『旧宮原線跡地活用検討委員会』が有志によって結成され、これらの橋梁遺構を
地域資源として活用する取組がなされているそうです。
肥後小国駅跡
【参考にしたサイト】
(1)宮原線 - Wikipedia
(2)竹筋コンクリート - Wikipedia
 
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