コラム  ・夜の秋   
夜の秋
古代中国に端を発する自然哲学の思想に五行説というものがありました。その思想によれば、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるとされ、春に木気、夏に火気、秋に金気、冬に水気を割り当てました。
 
そこで、残った土気は季節の変わり目に割り当てて、これを「土旺用事」あるいは「土用」と呼びました。すなわち、四立(立春・立夏・立秋・立冬)の直前の約18日間を「土用」といいますから、冬土用、春土用、夏土用、秋土用の4つがあるわけですが、とりわけ夏土用を「土用」と呼ぶ慣例になりました。
 
今年(2021年)は、8月7日が立秋ですから、7月19日(土用に入り)から8月6日までの19日間が「土用」になります。(以上は、先週配信の第 940号に詳しく書いたとおりです。)
 
さて、「夜の秋」という季語があります。秋の夜ではありません。昔から「土用なかばにはや秋の風」などと言われ、土用半ばを過ぎた晩夏、日中はうだるように暑いのに、夜になるとふと秋を感じさせるような涼しさがある、このような情趣(じょうしゅ)をいう夏の季語です。
 
この季語は、古くは「秋の夜」と同じく秋夜をさしていましたが、大正期から夏の季語として定着したと言われます。土用半ばから立秋までのわずか九日〜十日間のためにあるような季語ということになります。
 
  たはぶれに妻抱き踊る夜の秋   伊藤白潮
  どの家かこどもを泣かす夜の秋  飴山實
  ぬり下駄を光らせあゆむ夜の秋  松村蒼石
  まろび寝の小さき母や夜の秋   福田蓼汀
  らつきようにウイスキーあり夜の秋  高田風人
 
  何も言はず妻倚り坐る夜の秋   能村登四郎
  佳き酒を舌にころばす夜の秋   鈴木真砂女
  口乾きたれば仁丹夜の秋     岸田稚魚
  夜の秋の三文画家の髯に風    有馬朗人
  夜の秋膝にひろげし加賀友禅   大野林火
 
塗り下駄は、木の下駄に漆を塗り重ね、装飾を施した下駄。静岡県の伝統工芸の塗り下駄や津軽塗り下駄などがあります。まろびね(転び寝)は、うたた寝のことです。 

2021.08.04
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