雑感  ・惻隠の情 〜 『国家の品格』を読んで   
'06年頭雑感
惻隠の情 〜 『国家の品格』を読んで

『惻隠(そくいん)の情』とは、敗者や弱者をかわいそうに思ったりあわれむ気持ち、敗者や弱者への愛情・共感の情のことです。


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昨年(2005年)は、参議院の郵政民営化法案否決を受け、小泉内閣が衆議院を解散したことに伴い行われた9月11日の衆議院議員総選挙で、自民党が 296議席を獲得して圧勝した年でした。


国民の多くが行財政改革を支持したということですが、一方で、グローバリズムや市場原理主義の一層の高まりを懸念する世論があります。お茶の水大学教授で数学者の藤原正彦氏の著書『国家の品格』(新潮新書)は、昨年の11月下旬に発売以来、わずか1ヶ月余りで20万部を突破するというベストセラーになっています。


グローバリズムがもたらす効率性や、論理や合理は重要ではあるが、それだけではうまく行かない、何かを付加しなければならないと著者は指摘します。それは、日本人のもつ『情緒と形』であると。


それは、論理の出発点を正しく選ぶためにも必要なものであり、込み入った問題の解決を図ろうとしたら人間性に対する深い洞察が必要になると。「論理や合理」が剛であるとすれば、「情緒と形」の柔を相携えている必要があると。


『情緒と形』とは、自然に対する感受性、無常観、もののあわれ、美的感受性や情緒など、日本人特有の感性によって育まれた、慈愛、誠実、忍耐、正義、勇気、惻隠(そくいん)、名誉、恥などであり、それは一定の精神の形として、日本人の行動基準、判断基準となってきた。


江戸時代、武士は、権力と教養は、ほぼ独占していたものの、まるっきり金は持っていなかったし、商人ですら「金持ちであることは偉いことに関係ない」という意識が植え付けられていた。日本の文化や文学、そして、このような精神性の高さは、欧米人にとって驚きであり、日本が品格ある国家だったからこそ、開国時に欧米列強の植民地にならずにすんだ。


今日の世相を見るとどうでしょう。私たちは、そのような日本人古来の普遍的価値をいま失いかけているのではないでしょうか? いやもう失っているのかも知れません。本の著者は、市場経済による弱肉強食の世界こそ、「敗者への共感」「劣者への同情」「弱者への愛情」という『惻隠の情』が、重要な徳目であるといいます。


そして、「日本は、金銭至上主義を何とも思わない国々とは一線を画して、国家の品格をひたすら守ることである」「時間はかかるであろうが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思う」と著書を結んでいます。


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『国家の品位』の著者・藤原正彦氏は、「国民が成熟した判断をすることができる」という大前提のない民主主義には懐疑的です。東京大学教授の藤原帰一氏は、評論家・加藤周一氏との『戦後61年・日本〜再生への洞察』という新聞対談で、「今の日本は、自分の自由な意思で物事を変えられるという考えが、都合よく放棄されているのではないでしょうか。グローバリズムは仕方がないなどと・・・。」「個人の行為に
意味がないと先取りしてしまえば、ハーメルンの笛吹きについていくように、みんなで一緒に海に落ちてしまう。」と述べています。


成熟した判断のもとで、自分の自由な意思を政治に反映することが、今後ますます求められていくでしょう。書籍『国家の品位』は、日本人に誇りと自信を与え、「成熟した判断」を育むために参考になる一冊だと思います。


【用語】(goo 辞書より)
〔グローバリズム〕= [globalism] 国際社会における相互依存関係の緊密化や通信
          手段の発達による 情報伝達の加速化などにより、世界を国家や地
          域の単位からではなく、それらを連関した一つのシステムとしてとら
          える考え方。
〔論理〕=思考の形式・法則。議論や思考を進める道筋・論法。
〔合理〕=論理にかなっていて理性でとらえることができること。
〔情緒〕=人にある感慨をもよおさせる、その物独特の味わい。また、物事に触れて
          起こるさまざまな感慨。
〔ハーメルン〕=[Hameln] ドイツ北部の都市。行方不明となった子供たちをめぐる、
          ハーメルンの笛吹き男の伝説で知られる。


【参考図書・資料】
(1)藤原正彦著・「国家の品格」(新潮新書)、2005年11月20日発行
(2)週刊ポスト(2006年1月6日号)、藤原正彦「日本人よ、惻隠の情を思い出せ」
(3)南日本新聞、2006年1月1日朝刊、対談「戦後61年・日本」〜再生への洞察

2006.01.04 
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