レポート  ・薬喰(くすりぐい)   
− 薬喰(くすりぐい) −
冬は鍋料理が美味しい季節ですね。そして、鍋料理に欠かせないのが肉。肉は今日の食生活に欠かせない食材ですが、獣肉を食する習慣は、日本では明治になるまで一般的ではなかったそうです。それでは、明治以前に肉食が皆無だったかというと、そうでもなかったようです。
 
古代、狩猟は山間地に暮らす人々の生活の糧(かて)でしたが、仏教伝来によって獣肉食への罪悪視が広まっていきました。しかし、それでも人間が生きていくためには殺生をしその命を食べていかざるを得ない。その矛盾の解決として、諏訪大社上社(長野県諏訪市)は、『鹿食免』 (かじきめん)という免罪符と『鹿食箸』(かじきばし)という箸を発行しました。この免罪符があれば狩猟ができ、箸を使えば肉食が許されるというのです。
 
諏訪大社上社では、毎年4月15日に『御頭祭』という祭りが行われているそうです。現在では鹿や猪の頭の剥製(はくせい)が使われていますが、昔は、白兎や鹿や猪の串刺しや五臓などが生贄(いけにえ)として神前に供されました。すなわち、獲物の一部を神に捧げ、恵みを感謝し、次の獲物を願うのはむしろ自然のことだというのが、諏訪大社の古来よりの信仰とされていました。この信仰により、諏訪大社は、狩猟、漁業の守護祈願でも知られるようになり、信仰圏を全国に広げて行きました。
 
さて、諏訪大社の免罪符や箸をもらわないまでも、市中では、滋養をつけたい冬期に『薬』と称し、鹿や猪、兎などの肉を密かに賞味していました。これを『薬喰』(くすりぐい)と言い、俳句では冬の季語になっています。薬喰を詠ったいくつかの句を挙げてみました。薬と称して密かに食するさまの可笑しさや滑稽さ、皮肉さが人間味として、実によく詠われているように思います。
 
    白山に雪来しといふ薬喰   荏原京子
    奥祖谷の旅籠炉端の薬喰ひ  日守むめ
    一灯の低きを囲み薬喰    若井新一
 
    しづしづと五徳居えけり薬喰ひ 蕪村
    薬喰隣の亭主箸持参      蕪村
    てらてらと飽食の顔薬喰    向野楠葉
 
    ひとり身や両国へ出て薬喰 一茶
    年古りし狸を得たり薬喰  皆川丁堂
    夫よりも遥かに生きて薬喰 本多キミヱ
 
    客僧の狸寝入やくすり喰    蕪村
    妻や子の寝顔も見えつ薬喰  蕪村
    女らの息寄せ合ひて薬喰    金田初子
 
    戸を叩く音は狸か薬喰      子規
    猪に闇嗅がれつつ薬喰      矢島渚男
 
    死者のこと山程嘆き薬喰    寺井谷子
    生家にも墓にも寄らず薬喰  茨木和生
 
鹿児島は、純粋バークシャー種の黒豚の本場です。十数年前までは鹿児島でも数えるしかなかった黒豚のしゃぶしゃぶ店が、最近はグルメブームであちこちにたくさん開業し、美味しいしゃぶしゃぶを気軽に楽しめるようになりました。また、著者が住む北薩摩地方の山あいの温泉宿などでは、猪鍋や鹿刺しを出します。
 
       猪喰うや億光年の星の下  ワシモ
 
今、諏訪大社上社では、鹿食免と鹿食箸がセット1000円で売られている(正確には、売られているのではなく、初穂料(はつほりょう)を納めて頂ける)そうです。これは現代では、食の豊かさに感謝して安全な食生活を送れることを祈願した御札(おふだ)にほかなりません。食材に感謝! 美味しいものに感謝!
 
【参考にしたサイト】
[1]鹿食免(かじきめん)と鹿食箸(かじきばし)
[2]信州ツキノワグマ通信
[3]諏訪大社の伝え「こころがよろこぶ食文化」
(諏訪商工会議所)
[4]諏訪大社 : フリー百科事典『ウィキペディア』
[5]倉井神社
 

2009.01.28
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