雑感  ・ドイツについて   
− ドイツについて −

技術調査と技術提携の仕事でドイツ(当時の西ドイツ)に20日間滞在したのは、もう20年以上も前のことです。東西冷戦時代だった当時は、西側のエアラインは自由に旧ソ連上空を飛行することができなかったため、日本からヨーロッパへの航空ルートは、アンカレッジ経由で北極上空を飛ぶ北回りが一般的でした。フランクフルト行きのJL便の機内では、映画『時代屋の女房』を上映していました。スクリーンに映る夏目雅子の姿がとても鮮やかで綺麗だったことを今でも覚えています。今回、観光で20余年振りにドイツを訪れました。


ドイツはどこへ行っても街並みや家並みが綺麗です。この印象は今回の訪独でも変わることはありませんでした。道路には塵ひとつ落ちていないし、あまり大きくないこじんまりした瀟洒(しょうしゃ)な家々の、小綺麗に手入れされた芝生の庭先には木々や草花が植えられ、出窓やベランダにはとりどりの花が飾られています。


フランス人やイタリア人が、グルメやファッションなら、ドイツの主婦は「いつも箒(ほうき)を持ったドイツの魔女」といわれるように、何はさておき清潔好き、掃除好きで有名です。通行中にガラス窓の汚れている家をみつけると、他人の家であろうとブザーを押して入って行って、窓を拭き始めかねないと言われるぐらいです。


庭先やベランダなどに洗濯物やふとんを干すのは、日本では当たり前の光景ですが、ドイツではもってのほかです。それほどまでに、ドイツの人たちは、みんなで共有する環境の美観を大切にします。


道路標識や交通信号の数も必要最少限に抑えられています。日本では、私の住んでいる片田舎の町でさえ、街角や道路沿いに果たして何十、何百という看板や自動販売機が置かれているでしょうか。ドイツでは、規制されているのでしょう、街中であろうと観光地であろうと看板や自動販売機の類(たぐい)は一切見当たりません。町や村の美観を保つ一因になっています。


ドイツの景色が綺麗なのは、降水量が少なく、冬の日照時間が短いなどの気候条件のため、草木がほど良い丈(たけ)までにしか成長しないことも一因のようです。日本のように鬱蒼(うっそう)とした灌木(かんぼく)は見られないし、雑草もあまり生えないようなので、小綺麗にしやすいのかも知れません。休日のたびに草取りに追われて悪戦苦闘している著者にとっては、羨ましい限りです。


日本との際立った相違点の一つとして、コンビニエンスストアーがあげられます。コンビニは、価格は割高ですが、何といっても便利で気軽です。ついつい買ってしまいます。長い目で見れば、駄使いやゴミ発生の原因になると考えられます。節約を信条とし、環境保全を大切にするドイツ国民には、コンビニは必要ないということでしょう。ドイツには、コンビニエンスストアーがありません。


24時間営業のコンビニエンスストアーどころか、ドイツには、「閉店法」という小売店の営業時間を定めた法律があって、レストランやガソリンスタンドを除いた一般の商店では、月〜土曜日は、午後7時以降は営業できませんし、日曜日は終日、休業と決まっています。これを破って営業すると逮捕されるらしいです。


ドイツの労働時間の短いことは良く知られています。所定労働時間が短いうえに、労働協約で決められている労働時間を越えて勤務すると、これまた逮捕されるそうです。午後の明るいうちに勤務を終えて、残りの時間は趣味など個性的な生き方をすることのために使います。そして、7〜8月のシーズンになれば、企業主や役員クラスの管理職など特定の人を除いて、大方のサラリーマンが40日程度の長期有給休暇を取ってバカンスを楽しみます。所定の時間内にきっちり仕事をし、仕事が終わると別の生産性を産むことに時間を使うというのがドイツの人たちの考え方で、会社と個人のすみわけがはっきりしているようです。


日本もドイツも戦後の廃墟の中から再出発しましたが、日本は「経済的な豊かさ」、「便利な暮らし」を目標にし、ドイツは「環境」と「自分の時間」という豊かさを目標にしてきたということでしょうか。ドイツの人たちは、自分たちの思う豊かさを手に入れるために、便利さや気軽さといったことをいくらか犠牲にしているように思われます。


ドイツの面積は、四国を除いた日本の面積にほぼ等しく、人口は日本のおおよそ65%で約8,000万人です。ドイツは、自治権を持つ16の州によって構成される連邦制国家であり、大小合わせて40数の都市がありますが、人口が100万を超える都市は、首都ベルリン(350万人)、ハンブルク(170万人)、ミュンヘン(130万人)の3つの都市だけです。ドイツでは都市間を結ぶ交通手段として、高速道路網(アウトバーン)が発達しています。日本の高速道路と違って制限時速がありませんし、無料なので料金所がありません。そのかわり、照明がないので、真っ暗な闇の中を高速で走って行かなくてはなりません。事故を起こしても、自己責任ということでしょう。


アウトバーンを走行する車を見ていて気が付くのは、小型車が多いということと、乗用車はほとんどがセダンであるということです。例えば、日本車のトヨタ・マークU(車幅1,760mm×全長4,735)、トヨタ・クラウン(同1,780mm×同4,840mm)などに比べて、ドイツの代表的大衆車であるフォルクスワーゲン・ゴルフ(同1,760mm×同4,205mm)やメルセデス・ベンツCクラス(同1,730mm×同4,535mm)は決して大きくなく、むしろ小さいくらいです。以前のフォルクスワーゲン・ゴルフに近い寸法のポロに至っては車幅1,655mm×全長3,890mmです。赤色の日産・マーチ(車幅1,660mm×全長3,695mm)が走っているのを時々目にしますが、あまり小さく感じないからふしぎです。


日本人より体格の良いドイツの人たちが乗る車がなぜ小型なのか、ローデンブルクやハイデルベルクなどの中世の街並みが残る町の、昔ながらの路地を覗けば、その理由の一端がわかるような気がします。そんな路地に入り込むには、幅の広くない、小廻りのきく車が必要ですし、駐車場が無くて、許可された路上に路上駐車するしかないので小型車に限ります。


ドイツの車は、パッケージングに工夫がされていて、外形寸法が小さい割に室内が広い設計になっています。また、都市間を移動したり、40日間の長期休暇でイタリアや南フランスあたりに出かけたりする際に荷物を運ぶことの必要から、小型の割にトランクが広い設計になっています。


日本人は、車をレジャー用具の一つに位置付けて楽しんでいます。特に近年、オフロードカーやSUV(スポーツユーティリティビークル)の売れ行きが好調です。オフロードカーの大きな車体は、狭い路地には入り込めないし、ゴツゴツした大きなタイヤは、中世の昔ながらの石畳には馴染まないでしょう。


ドイツでもオフロードカーやSUVなどが乗られていないわけではありません。田舎の幹線道路を走るバスの車窓から時々目に入るオートキャンプ場には、大きなキャンピングカーが何台も止まっています。アウトバーンや街中でオフロードカーやSUVの姿が少ないのは、車はその目的に応じた車に乗ろうという、実質を重んじるドイツ人の合理的思考に、先ずは、よるものと思われます。


日本の駅構内や空港待合室のアナウンスは、終始懇切丁寧に情報を流してくれ、乗り遅れないようにベルまで鳴らしてくれます。日本のシティホテルは、どの国のホテルより綺麗なうえにいろいろの備品が置いてあります。ドイツに身を置いて日本を考えるとき、私たちが、いかに過ぎるほどのサービスを受けながら、何でもありの、いかに便利な日常生活を享受(きょうじゅ)しているかということを実感します。そして、そんな豊かさとは一味違った豊かさを志向するドイツへの興味を新たにした次第です。

2004.05.26  
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