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旅行記 ・唐人屋敷跡 − 長崎市 2013.11.04
とうじんやしきあと
唐人屋敷跡
新地中華街前を走る路面電車
長崎バスターミナル(あるいは路面電車の築町電停)から南東へ少し歩けば長崎新地中華街。中華街の南門(朱雀門)を出れば福建通りです。その通りを少し山手に歩けば『唐人屋敷通り』となります。江戸時代、鎖国政策をとっていた江戸幕府は、密貿易やキリスト教浸透を防止する目的で、貿易のために来航する中国人(唐人)たちの居留地として唐人屋敷を建設しました。
長崎新地中華街・北門(玄武門)
1688年(元禄元年)に造成が始まり、1689年(元禄2年)4月に完成しました。敷地は8,015坪(のちに9,373坪余に拡張)で、2階建の瓦葺き長屋が20棟あり、2000人から3,000人の中国人を収容することができたといわれます。唐人屋敷の周囲は練塀や堀などで囲まれ、出入口には大門と二の門が設置され、この二重の門により人の出入りが厳しく制限されていました。
熱烈歓迎の唐人屋敷案内板
二の門より中は、遊女のほかは役人であってもみだりに入ることは許されませんでした。1859年(安政6年)、日本が開国すると、来航した唐人たちは、大浦の外人居留地や新地・広馬場などへ住むようになりました。1868年(明治元年)に唐人屋敷は解体され、現在、跡地は市街地になっています。唐人屋敷の遺構としては、明治期に修復改装された土神堂、観音堂、天后堂、1868年に福建省泉州出身者によって建てられた旧八門会所が1897年に改装・改称された福建会館前門が残されています。
案内板と唐人屋敷跡石柱
どじんどう
土神堂
赤煉瓦の塀に囲まれた土神堂
土神(どしん)とは、福徳正神ともいわれ、土地や家を守り、豊作や金儲けの神様として古くから中国で信仰されてきた神様です。土神堂は唐人屋敷に建てられた最初のお堂で、1691年(元禄4年)、土神の石殿を建立したいという唐船の船主らの願いが許され建立されました1784年(天明4年)の大火で焼失し、のちに再建され、以後数回にわたり改修されました。
小さな石橋を渡って拝殿へ
老朽化しまた原爆の被害を受けたことから、1950年(昭和25年)に解体され、石殿だけが残っていましたが、1977年(昭和52年)に再建され、現在に至っています。赤煉瓦の塀に囲まれていて、門を入り小さな石橋を渡ると拝殿があります。建物は反り返った屋根が特徴的です。
土神堂拝殿
 
福建会館
レンガの壁に瓦屋根の福建会館
福建会館の前身は江戸後期に遡るが、明治元年(1868)『八門会館』として正式に発足した。その後、明治30年(1897)に至り建物を全面的に改築し、福建会館と改称した。会館本館(会議所)の建物は原爆により倒壊したため、現存するのは正門と天后堂などである。正門は、三間三戸の薬医門(やくいもん)形式で、中国風の要素も若干含んでいる。
福建会館
組物(くみもの)の形式や軒反りの様子、絵様(えよう)の細部など、主要部は和様の造りとなっている。これに対し、外壁煉瓦造の天后堂は架構法(かこうほう)なども純正な中国式を基調とし、一部木鼻(きばな)や欄間(らんま)は、和様に従っている。このように、様式的には和・中の併存であり、中国との交流の歴史が凝縮された建造物であるといえる。(以上、現地案内板より転載)
路地より福建会館を望む
観音堂、天后堂へ
煉瓦塀に緑が鮮やか(左)。北西隅のモニュメント(右)
 
てんこうどう
天后堂
煉瓦塀に囲まれた天后堂
天后堂(てんこうどう)は、1736年(元文元)、南京地方の人々が航海の安全を祈願し、航海の神『天后聖母』(媽祖)を祀ったのが起源とされます。関帝(かんてい)も併祀しており、別名『関帝堂』とも呼ばれています。関帝は、中国三国時代の武将・関羽(かんう)を指し、関聖帝君(かんせいていくん)と呼称されることが多く、財神、護国救民の神として崇信されました。
建物も煉瓦造り
天后聖母の左右に侍婢、その前に順風耳、千里眼の像が祀られています。建物は煉瓦造りで、周囲も煉瓦塀に囲まれています。現在の建物は1906年(明治39年)全国の華僑の寄付によって建て替えられたものです。天后堂の前には、休憩の広場があって、『天上賢母』の紅旗をがあげられていました(写真下)。
『天上賢母』の紅旗があげられた休憩広場
かんのんどう
観音堂
唐人屋敷時代のアーチ型石門
観音堂は、瓢箪池(ほうたんいけ)の奥の石に『天文二年(1737)』の刻字がされていることから、この年に創建されたものと思われます。天明4年(1784年)の大火で焼失し、その3年後に再建されました。大正6年(1917年)中国商人鄭咏超の手で改築され、現在に至っています。
 基壇には合端積みの石積技法が見られます。
基壇(建物をのせている石)には、天然のままあるいは割ったままでていねいな加工をしていない石を乱積みにした『合端積み』(あいばづみ)の石積技法が見られ、沖縄的な要素もうかがえます。本堂には、中国民衆に慈悲深い神として慕われている『観世音菩薩』と商売繁盛の神さまとして信仰の厚い『関帝』が祀られています。
金爐(経文などを焼却浄化するための焼却炉)
 
   長崎燈會 ランタンフェスティバル
 
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