♪マリア・ルイサ
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旅行記 セビリア サンタ・クルス街とスペイン広場 − スペイン(5) 2011.07
スペイン広場
 スペイン広場(半円形の右手の建物とその端にそびえる塔)
スペイン広場は、セビリア市中心部南寄りにある広場で、カトリック女王イサベル通りをはさんでマリア・ルイサ公園の向かい側にある広場です。
 
 スペイン広場(半円形の建物の中央部)
広場には、両端に2つの塔が大空に向かって伸びている直径が200mもある半円状の大きな建物が建てられています。建物は、レコンキスタ(キリスト教徒の国土回復運動)の後、残留イスラム教徒の建築様式とキリスト教建築様式が融合した、いわゆるムデハル様式による建物です。
 
 スペイン広場(半円形の左手の建物とその端にそびえる塔)
20世紀のセビリア出身のなかでも最も有名な、アニバル・ゴンザレスが設計を担当したこのレンガ造りの建物は、1929年にセビリアで開催された万国博覧会『イベロ・アメリカ博覧会』の会場施設として造られました。
 
木組みの天井が印象的なメスアール(政庁)の間 

スペイン各県の歴史的出来事を描写した綺麗な壁面タイル絵が特徴的です。『アラビアのロレンス』や『スター・ウォーズ エピソード2』などの映画ロケで使用されています。

 
壁面タイル画の一例(レオンのタイトル画)
 
街並み
エル・シッドの騎馬像とセビリア大学(旧タバコ工場)(車窓から)
スペイン広場を後にして、エル・シッド通りに出ると左手車窓に、英雄エル・シッドの騎馬像が現れます。エル・シッドはキリスト教徒のレコンキスタ(国土回復運動)の英雄として有名だそうです。
 
ブーゲンビリアの街路樹とセビリア大学(旧タバコ工場)(車窓から)
その背後に見える大きな建物が、かつてのタバコ工場です。18世紀の工場建築としてはヨーロッパ最大級だったといわれ、歴史を感じさせる建物は現在セビリア大学の本校舎として使用されています。
 
エル・シッド通りとカルロス5世通りの交差点。左手にセビリア大学が見えます(車窓から)
カルメンが女工として働いていたというかつてのタバコ工場の様子は、有名なビゼーのオペラ『カルメン』の舞台として、現在に語り継がれています。
 
そろそろサンタ・クルス街への入口に近づきます。振り返ると交差点が見えます(車窓から)。
 
サンタ・クルス街
(ユダヤ人街)
ムリーリョ公園のコロンブス記念塔

同年10月、アメリカ大陸航路を発見し、『太陽の沈まない帝国』スペイン帝国の礎が築かれていくことになります。セビリアは、コロンブスが新航路探索へ出発した地であり、セビリア大聖堂にコロンブスの墓があり、サンタ・クルス街の入口にあるムリーリョ公園にはコロンブスの記念塔が建てられています。サンタ・マリア号を模った船の舳先は新大陸(アメリカ)を向いています。コロンブスの肖像。台座にはイサベルの文字と反対側にはフェルナンドの文字が刻まれています。

 
ムリーリョ公園 コロンブスは最初、ポルトガル王に航海のための援助を求めますが失敗し、スペイン王室に援助を求めに行きます。しかしここでも失敗、万策尽きたコロンブスがまさにフランスへ向けて出発しようとしていたところで、女王イサベル1世の伝令が追いつきます。スペイン王室と契約を締結したコロンブスは、1492年8月、サンタ・マリア号など3隻で出航。総乗組員数約90人(120人という説も)だったといわれます。
コロンブスの肖像
ムリーリョ公園の緑
『水の小路』。左に城壁が・・・
『水の小路』を物語るマンホール(写真下)
サンタ・クルス街(旧ユダヤ人街) セビリアの第一の観光名所である大聖堂とヒラルダの塔およびアルカサルがあるのがサンタ・クルス地区。大聖堂とアルカサルへは車でのアクセスができないので、大通沿いにあるムリーリョ公園前でバスを下車し、『サンタ・クルス街』と呼ばれる、細く入り組んだ石畳の路地を通って、大聖堂、アルカサルに行き着くのがオーソドックスな道順になっています。このサンタ・クルス街はかつてユダヤ人が住んでいた旧市街地で、ユダヤ人が追放された後に住宅化され、現在に至っています。上下の写真のこの辺りは、宮殿(アルカサル)に水を供給していた管があることから『水の小路』(アグア通り)と呼ばれています。
建物の形・色のコントラストが素敵な風景
文字通りセビリアンブルーの青空を背景に、白壁に黄色の独特のデザイン建物が・・・
飲み屋街(?)を連想させる路地
当初はキリスト教徒とユダヤ教徒の共存がみられましたが、14世紀半ばのペスト大流行の原因がユダヤ人に帰されるなど反ユダヤ主義の風潮が強まり、14世紀末にはユダヤ人が始まり、その影響は他の地方へも波及していきました。
8世紀よりイスラム勢力の支配下に入ったセビリア地方は、小国分立期には、セビーリャ王国として栄えましたが、レコンキスタの進展により、1248年にカスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服され、以降はカスティーリャ王国の主要都市として発展しました。
おしゃれなレストラン・・・
スペインの特産であるオレンジの木が街路樹として植えられています。
オレンジの木が実をつけ熟れる頃の風景が目に浮かぶようです。
 セビリア焼を置くショーウインドウ(写真下)
建物の壁が白く塗られているのは、強烈な太陽の日差しを反射させて暑さをしのぐ工夫であり、狭い路地と少ない小さな窓も日差しの侵入を避けるための工夫です。こうした南スペイン、アンダルシア地方の街並みの特徴に加え、黄色に装飾された壁枠がセルビアらしい雰囲気を醸し出しています。
   
セビリア焼 8世紀ごろから現代に伝わる伝統陶芸セビリア焼は、素焼の皿に熟練した職人が手描きでデザインを描き、そのデザインの間の細い隙間にエナメルを満たして焼成し、さらにゴールドを塗って焼くという『クエルダセカ技法』によるあざやかな色彩の焼き物です。
路地の隙間に青空が・・・
ここにもオレンジの街路樹が・・・。湿気が少なく木陰は涼しいです。
ちょっとした緑の植え込みが特徴的なアンダルシアの建物
左は宮殿(アルカサル)の城壁。この路地を抜けると大聖堂が見え、アルカサルへの入口があります。
 
フラメンコ
エル・パティオ・セビリャーノ で鑑賞したフラメンコショー。さらにカルメンを見る
エル・パティオ・セビリャーノは、グアダルキビル川岸に面したクリストバル・コロン通りのマエストランサ闘牛場に沿ってあるタブラオ(フラメンコを楽しめるスペインの酒場のこと)。歴史も古く、もとはエル・パティオ・アンダルスという名で親しまれ、フラメンコ界のスターたちにとって登竜門的存在のタブラオだそうです。1時間半の入れ替えで、ワンドリンク付き。ラストプログラムに『カルメンのフラメンコショー』がありました。
【参考サイト、書籍】
(1) スペイン広場 −Wikipedia
(2) セビリア −Wikipedia
(3) コロンブス −Wikipedia
(4)
ガイドブック『セビーヤ』(欧州連合・欧州地域開発基金)
 セビリア 大聖堂とアルカサル
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