秋の歌(チャイコフスキー)
Piano1001
島津日新公いろは歌 − 鹿児島県南さつま市
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関が原の合戦の敵陣突破で有名な第16代当主島津義弘公の祖父・島津 忠良(しまづ ただよし)は、36歳のとき髪を剃り日新(じっしん)斉と号しました。島津家の分家・伊作島津家(薩摩半島中部)の出身ながら、宗家(そうけ)から請われて三州(薩摩・大隅・日向)統一の大事業を成し遂げ、晩年は加世田(現南さつま市)に戻って善政をしき、住民の父と慕われました。日新公が、5年余りの歳月をかけて完成させたという『いろは歌』は、薩摩藩『郷中(ごちゅう)教育』の基本書となったといわれ、今の時代にも通じる多くの教えを含んでいます。日新公を御祭神とする竹田神社(南さつま市加世田)に日新公『いろは歌』を訪ねました。47首すべての歌が歌碑として刻まれ、竹田神社の敷地内にある『いにしへの道』の両側に並べられています。                                  (旅した日 2006年09月)



竹田神社
日新公と竹田神社
竹田神社の御祭神は薩摩藩中興の英主・島津日新公(忠良)です。日新(じつしん)公は、室町時代の明応元年(1492)伊作亀丸城で誕生され、のち伊作島津家第十代城主になられた。当時は、戦国の世で、南九州でも戦乱が打ち続いていましたが、日新公は島津宗家(そうけ)から請われて三州(薩摩・大隅・日向)統一の大事業に当られました。晩年は加世田に居住され、善政をしき、住民の父と慕われつつ、永禄十一年(1568)77歳で亡くなられました。
日新公『いろは歌』は、公が日頃人間の正しい生き方について説いた教えを、54歳のとき四十七首にまとめられたものです。この歌は後世に伝えられ、鹿児島の教育の大きな柱となりました。この境内にあった保泉寺(ほせんじ、文明17年(1485年)建立)は、公の死後日新寺(じつしんじ)と改名、廃仏毀釈により廃寺、明治6年(1873年)その跡に建てられたのが現在の竹田神社であります。
毎年7月23日の夏祭りには、日新公ゆかりの士踊(さむらいおどり)や、昔ながらのからくり人形(国選択無形民俗文化財)、太鼓踊り、棒踊り等が奉納され終日にぎわっています。境内にうっそうとそびえる楠(写真上)は、遠く保泉寺のいにしえからあるもので樹齢600年といわれています。また、いぬまきの並木の道をたずねるとその奥に日新公のお墓があります(以上、竹田神社境内の案内板より)。


日新公『いろは歌』

いにしえの道を聞きても唱えても
    我が行いにせずばかいなし

 

昔の賢者のりっぱな教えを聞いたり唱えたりしてみても、実行しないと何の役にも立たない。実践実行のすゝめ。薩摩藩教学の金科玉条といわれる歌です。(い)

楼の上もはにふの小屋も住む人の
     心にこそたかきいやしき



金殿玉楼に住もうが埴生の小屋(粗末な小屋)に住もうが、人の貴賤は、その人の心根によって決る。(ろ)

はかなくも明日の命をたのむかな
   今日は今日もと学びをばせで


今日すべきことを明日にのばし、一向勉強せず日を送るのは心得違いである。時は金なり。(は)

似たるこそ友としよけれ交らば
    われにます人おとなしき人



自分と似た者は友にしやすいものであるが、わが徳をすすめるには、自分より優れた者、徳の高い人と交わるが良い。そして、温厚な人を友だちに選びなさい。(に)

ほとけ神他にましまさず人よりも
     心に恥ぢよ天地よく知る

 

神も仏も自分の心の中の良心と同じである。他人よりも自分の良心に恥じなさい。天地神仏は皆すみずみまで知っている。良心を恐れなさい。(ほ)

下手ぞとて我とゆるすな稽古だに
   つもらばちりも山とことの葉



下手(へた)だから、到底上達はしないと油断するな。ちりも積もれば山のたとえがある。(へ)

科ありて人をきるとも軽くすな 
    いかす刀もただ一つなり

 

科(とが)があっても人を切ることを軽々しくしてはならない。殺人剣も活人剣も、君主の心一つで決まるものである。(と)




知恵能は身につきぬれど荷にならず
   人はおもんじはずるものなり

 

知恵芸能は身につけて荷にならず、邪魔にもならない。世の中の人はその人を見て尊敬し、かつおのれの及ばないことを恥ずかしがるものである。(ち)

理も法も立たぬ世ぞてひきやすき
     心の駒の行くにまかすな



道理も通らず、法も行なわれない乱世であっても、正義人道を守り通し、我が心のままに自暴自棄になって、勝手放題をしてはならない。(り)

ぬす人はよそより入ると思うかや
    耳目の門に戸ざしよくせよ



盗人は他所より侵入すると思うか、真の盗人は耳や目から入ってくるから耳目の門にしっかり戸締りをし、心の鏡をみがき、誘惑を退けよ。(ぬ)

流通すと貴人や君が物語り
   はじめて聞ける顔もちぞよき



たとえ自分が良く知っていることでも目上の人の話しは、初めてきくという顔つきで聞くのがよろしい。(る)

小車のわが悪業にひかれてや
  つとむる道をうしと見るらん



わが職分の道を忠実にまじめに尽くしていくのは楽しいことなのに、つらいと考えるのは我がままな欲情にひかれるまま転退して行くからである。(を)

私を捨てて君にしむかわねば
     うらみも起り述懐もあり



我を捨て一身をささげて君に仕えなければ、恨みも起こり不平不満もでてきくる。(わ)

学問はあしたの潮のひるまにも
  なみのよるこそなほしずかなれ

 

学問をするのに朝も昼もないが、夜が一番静かでよろしい。(か)




善きあしき人の上にて身をみがけ
   友はかがみとなるものぞかし


日常交わる友を見て、善事はこれを見習い、悪行をこれを恐れて反省し、自分の徳性を磨け。(よ)

種となる心の水にまかせずば
     道より外に名も流れまじ



私利私欲にまかせて世の中のことを行なえば、道にはずれ悪い評判もたつ。その悪の種を刈り、正心仏心で正道を行なえ。(た)

礼するは人にするかは人をまた
   さぐるは人をさぐるものかは


礼を人に尽くすことはおのれを敬うことでもあり、人を卑しめることは自分を卑しくすることでもある。(れ)

そしるにも二つあるべし大方は
   主人のためになるものと知れ


主人の悪口を言うのに、主人を思うあまりに言う悪口と自分の利害から言う悪口の2つがある。主人たるものどちらであるか良く判断して、自分の反省の資とすべきである。(そ)

つらしとて恨みかえすな我れ人に
    報い報いてはてしなき世ぞ

 

どんなにつらく仕向けられても相手に恨みを返してはいけい。仕返しは仕返しを生んで果てしなく続くのが世の常である。(つ)

ねがわずば隔てもあらじいつわりの
    世にまことある伊勢の神垣



無理な望みを起こさなければ、たとえ偽りの多い世の中でも、仏さま神さまは公平に見ていて下さる。(ね)

名を今に残しおきける人も人
      心も心何かおとらん
 

後世にりっぱな名誉を残した人も、我々と同じ普通の人である。心も同様で、我々だって及ばないことはない。誰でも努力次第で道は開ける。日新公の自戒の歌であり、また励ましの歌である。(な)




楽も苦も時すぎぬれば跡もなし
    世に残る名をただ思ふべし

 

楽しいことも苦しいことも、そのときが過ぎれば跡もない。ただ、後世にかんばしい名を残すように心かけよ。(ら)

昔より道ならずしておごる身の
   天のせめにしあわざるはなし



昔から無道でおごり高ぶった者が、天罰を受けなかったためしがない。(む)

憂かりける今の身こそは先の世の
   おもえばいまぞ後の世ならむ



いやな心配の多い現世こそは前世の報いの結果であろう。現世の行いの報いは後の世の姿であろう。因果応報、仏教の教えを示したもの。(う)

亥にふして寅には起くと夕露の
  身をいたずらにあらせじがため



亥(午後10時ごろ)に床について、寅(午前4時ごろ)に起きると昔の本にある。朝はやく起き、夜遅くに休むのは、皆おのおのの勤めを果たすためである。(ゐ)

のがるまじ所をかねて思いきれ
     時に到りて涼しかるべし



逃れることが出来ない難事に対して平生より覚悟をきめておけば、万一の場合に少しの未練もなく清々しく対処できるであろう。武士の平生の覚悟を教えたもの。(の)

思ほへず違うものなり身の上の
   欲をはなれて義をまもれひと



我々は思いもかけず道をはずれてしまいやすいものであるから、一身の私欲を離れて、正義を守って行動せよ。(お)

苦しくとすぐ道を行け九曲折の
    末は鞍馬のさかさまの世ぞ

 

たとえ苦しくとも正道を歩め。九曲折(つづらおり)の曲がり曲がったことをすると、真っ暗な暗夜の深い谷にさかさまに落ち込む羽目になるものだ。(く)




やわらぐと怒るをいわば弓と筆
   鳥と二つのつばさとを知れ



やわらぐと怒るを例えれば、文と武である。鳥は、2つの翼があってはじめて飛ぶことができるように、どちららか一方を欠いても役に立たない。(や)

万能も一心とあり事ふるに
   身ばしたのむな思案堪忍



いかに万能に達していても、一心が悪ければ何の役にも立たない。自分の才能をたのんで自慢らしい言行をしてはならない。よく思案し、よく堪忍して仕えることが大事である。(ま)

賢不肖用い捨つるという人も
    必ずならば殊勝なるべし



賢者を任用し、愚か者を退けて政治を行えば、口に唱える人もその言葉どおり実行できるならば、誠に素晴らしいことである。実行はなかなか難しい。(け)

無勢とて敵をあなどることなかれ
    多勢と見ても恐るべからず



少人数だからといってあなどってはならないし、大勢だからといって恐れることはない。敵の強弱は人数ではない。味方は少人数でも一致団結すれば大敵を破ることができる。(ふ)

心こそ軍する身の命なれ
 そろゆれば生きそろわねば死ぬ



衆心一致すれば勝ち、一致しなければ敗れる。(こ)

回向には我と人とをへだつなよ
    看経はよししてもせずとも



死者を弔うに、敵味方分け隔てなく等しく極楽往生を祈りなさい。読経しても、しなくてもよい。日新公は敵味方の供養搭をたて、戦死者の冥福を祈られた。(え)

敵となる人こそはわが師匠ぞと
  おもいかえして身をもたしなめ


敵となる人はもともと憎むべきものであるが、見方を変えれば、反面教師のようなものであり、手本ともなるものである。敵にも慈悲の心を忘れず、自重自戒せよ。(て)




あきらけき目も呉竹のこの世より
    迷わばいかに後のやみぢは

 

光にあふれる現世でさえ迷っていたら、死後の暗い世界では
ますます迷うことになる。早く仏道を修めて悟りを開けよとの仏教の教え。(あ)

酒も水ながれも酒となるぞかし
  ただなさけあれ君がことの葉



酒を与えても水のように思う者や、川に酒をそそいで飲ませても感謝して奮い立つ例もある。要は与え方の問題である。(さ)

聞くことも又見ることも心がら
   皆まよいなりみな悟りなり

 

聞くものも見るものも世間のことはすべて、考えようで迷いにもなり悟りともなる。(き)

弓を得て失うことも大将の
  心一つの手をばはなれず



弓矢の道に優れ士卒に信服されるのもそうでないのも、また戦に勝も負けるも、大将の心の配り方一つにかかっている。(ゆ)

めぐりては我身にこそは事えけれ
      先祖のまつり忠孝の道

 

先祖を良く祭るものは、死後、今度は子孫が良く祭ってくれる。君父に忠孝なれば、子孫もまた我に忠孝を尽くす。世の中は巡る車のように自分に帰ってくるから、先祖の祭りや忠孝にはげめ。(め)

道にただ身をば捨てんと思いとれ
   かならず天のたすけあるべし



正しい道であれば一身を捨てようと決心して進め。そうすればかならず天の神が助けて下さるはずである。(み)

舌だにも歯のこわきをば知るものを
   人はこころのなからましやは

 

舌でさえその交わる歯の硬いことを知っている。ましてや人においてはなおさらなことである。交わる相手の賢寓、仁不仁を察する心がなくて良いだろうか。世を渡るには人の心の正邪善悪を良くわきまえて、用心が第一である。(し)




酔える世をさましもやらで
     さかずきに
   無明の酒をかさむるはうし



この迷いの世の中にいて、その上に杯を重ねて酔いしれ、迷いの上に迷いを重ねて世の中をわたるのは情けないことである。(ゑ)

ひとり身あわれと思え物毎に
  民にはゆるすこころあるべし

 

たよるところのない老人孤児に対しては情けをかけて一層いたわれ。人民に対しては仁慈の心で寛大に接しなさい。(ひ)

もろもろの国や所の政道は
  人にまずよく教えならわせ



国や村のおきてや法令は、まず人民に良く教えさとした上で政治を行え。教えないで法を犯したものを罰するのは不仁の仕方である。(も)

善にうつり過れるをば改めよ
 義不義は生まれつかぬものなり

 

善にうつれよ。過ちは改めよ。元来、義不義は生まれつきのものではない。心の向いようによって義にも不義にもなるのである。(せ)

少しを足れりとも知れ満ちぬれば
     月もほどなく十六夜の空



十中七、八をもって良しとせよ。満月の次の夜の十六夜の月は欠け始めるものである。足るを知って楽しむ心が大事である。(す)


【参考】
各歌の大意については、竹田神社で購入した『島津日新公いろは歌集』を参考、あるいは転載させて頂きました。

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