レポート  ・スペインと豚肉   
 
− スペインと豚肉 −

スペインは、ヨーロッパで唯一、イスラム教徒に支配された歴史を持つ国です。シリアに建国したイスラム王朝・ウマイヤ朝は、北アフリカからイベリア半島に侵入し、人々をイスラム教に改宗させながら、キリスト教の王たちをピレネー山脈の麓へ追いやり、イベリア半島のほぼ全土を制圧しました。 
  
756 年に樹立した後ウマイヤ朝は、 270年余に及ぶイスラム支配の全盛期を謳歌し、イスラム教徒はその後も15世紀末まで約750年に渡ってイベリア半島に居続けます。しかし、1031年に後ウマイヤ朝が滅亡し、小国分立時代になると、キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)が勢いを増し、キリスト教勢力が巻き返しを図ることになります。
  
そして、イベリア半島最後のイスラム教国、ナスル朝グラナダ王国の砦だったアルハンブラ宮殿が1492年に崩壊すると、イベリア半島からイスラム教徒は一掃され、レコンキスタが完了。キリスト教徒は国土を自らの手に取り戻しました。
  
イスラム教徒を追い出しはしましたが、キリスト教の王たちは、イベリア半島に残ったイスラム的な文化を果たして払拭(ふっしょく)できたのでしょうか。むしろ、イスラムの文化や芸術に魅かれ、傾倒していったのではないでしょうか。
  
コルドバにあるメスキータは、後ウマイヤ朝の8世紀から11世紀にかけて建てられた広大なモスク(イスラム教の礼拝堂)でしたが、現在は、カトリック教会の聖マリア大聖堂となっています。レコンキスタにより、1236年にコルドバがキリスト教徒たちの手に落ちると、メスキータは改修の対象になりました。
  
国王フェルナンド3世は、可能な限りメスキータの趣を損なわないように配慮し、建物の端に適度な大きさのカトリックの礼拝堂を建造したといわれます。後年、中心部にラテン十字の大聖堂が建てられましたが、メスキータは今日、イスラム教とキリスト教の2つの宗教が同居する世にも珍しい建築となっていて、訪れる観光客を驚嘆させています。
  
すなわち、一例としてメスキータが示しているように、スペインをスペインたらしめている数多くの文化がイスラムにその多くを負っているということです。そのようなスペインにあって、多くの種類のハムやベーコンやサラミなど、イスラム教徒が最も忌み嫌う豚肉の製品や料理が多く食されています。 
 
毎回決って出されたのがハム、ベーコン、サラミ類(写真上下)
コルドバのパラドール内のレストランで
 子豚のオープン焼き(マドリードでの夕食)
スーパーマーケットの豚肉商品(マドリードにて)
 
イスラム文化が濃厚な香りを漂わせているスペインにあって豚肉料理が好んで食べられているのは不思議に感じられますが、これは、かつてイスラム教徒がスペインをその支配下に置いた歴史があったことを物語るパラドックス(逆説)に他なりません。
 
すなわち、1492年のレコンキスタ完了以降、カトリック教徒でないとスペインにおれなくなった人びとは、自分がイスラム教徒ではない証しを示すためにこぞって豚肉を食べました。つまり、豚は踏み絵のような存在だったわけです。今日のスペイン人の豚料理好き文化の原点にはこのような事実があったのでした。
 
さて、豚といえば、著者の住む鹿児島県の特産である『かごしま黒豚』が知られています。1999年に商標登録されているブランドで、純粋バークシャー種(イギリス西部バークシャー原産の品種)の交配によって誕生した豚で、鹿児島県内で生産・肥育されたものに限って、『かごしま黒豚』のブランド名を使うことができます。
 
今年(2011年)の7月中旬、大阪に在住のメル友のBさんが、埼玉の友達3人と一緒に屋久島旅行をされ、その帰りに鹿児島市に寄られたので、市内観光を案内させて頂きました。そのとき、黒豚しゃぶしゃぶ発祥の店である『あぢもり』さんで食べた『黒しゃぶランチ』は、これがまたたまらなく美味しかったです。
 
世界的に有名な黒豚といえば、世界中の美食家の羨望の的になっているのがスペインの『イベリコ豚』です。地中海沿岸地域に古くから生息していた野生の豚が起源とされ、スペインの特定の地域にのみ生息している黒豚で、黒い脚と爪をもつ傾向があることから、スペイン語で『黒い脚』とも表現されるそうです。
 
最大の特徴は放牧によって飼育されることであり、良質な肉に霜降り状に入っている脂身はとろりとして甘味があり、餌であるどんぐりに由来するオレイン酸を多く含んでいます。上質なイベリコ豚を厳選するため厳しい基準を設けて、ベジョータ、レセボおよびセボ(又はピエンソ)の3つにランク分けされています。
 
最上級ランクのベジョータは、毎年夏頃に誕生した豚のうち、イベリコ種の純度、肉付き、骨格などから選抜された子豚が、体重が 100kg前後になるまでの期間、オークやコルク樫の森で、牧草、種子、草の根などを自由に食べさせられて飼育され、その後、モンタネーラと呼ばれる10月〜2月の期間、放牧によりどんぐりを食べさせて飼育されます。
 
以前はスペインでの豚コレラ流行の影響から日本への輸入が禁止されていたが、2004年より輸入解禁となっているそうですから、いつか食べてみたいものです。以上、スペインと豚肉にまつわるお話しでした。

  2011.08.31 
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