レポート  ・ヤスリと味噌   
− ヤスリと味噌 −

ヤスリは、漢字で『鑢』あるいは『鈩』と書きます。鉄工用から、プラモデル組立などに用いるホビー用、そして爪ヤスリまでいろいろあるので、ヤスリはほとんどの方がご存知だと思います。


鉄工ヤスリについて、どんな形状のどんな用途のものがあるか、広島地区鈩工業組合のホームページを覗いてみましょう。
 → http://www12.ocn.ne.jp/~yasuri/yasuri_page02.html


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国産ヤスリの95%以上が、広島県呉市仁方(にかた)地区で生産されています。仁方地区には、46社のヤスリメーカーがあって、そのどの会社も、ヤスリに味噌(みそ)を付けて『味噌田楽』よろしく焼き上げているのです。ですから、どの工場にも味噌を焼く香ばしい匂いが漂っています。

                 
ヤスリは、硬い金属材料などを削るので硬くないといけません。ヤスリの材料である鋼(はがね)は、真っ赤になるまで加熱して(約790℃)、水に入れて急冷すれば、硬くなる性質があります。この操作を『焼入れ』といいます。『焼きを入れる』という言葉は、ここからきています。


ゆっくり冷やしたのでは焼きが入りません。急冷することが肝心です。そのために、水に入れて冷やすのですが、ただ加熱して水に入れたのでは、材料(ヤスリ)の表面付近の水が瞬間沸騰して水蒸気の泡となって材料表面を覆(おお)うため、材料が水によって冷やされるのが妨げられ、良好な焼入れができません。


そこで、ヤスリ表面に味噌を塗って適当な厚さの被膜(ひまく)を施し、表面付近の水が沸騰蒸発するのを防いでいるのです。


それでは、広島地区鈩工業組合のホームページで、『味噌づけ』と『焼入れ』の様子をイラストで見てみましょう。


 ・味噌づけ → http://www12.ocn.ne.jp/~yasuri/make_page07.html
 ・焼入れ  → http://www12.ocn.ne.jp/~yasuri/make_page08.html


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日本刀の製作でも焼入れが命だといわれます。日本刀の焼入れでは、味噌は塗りませんが、その代わり『焼刃土(やきばつち)』という粘土が使われます。刃となる部分には、焼刃土を薄く塗り、それ以外の部分は厚く塗ります。焼刃土を塗るのは、ヤスリの場合と同様、水に入れた瞬間、刃に水蒸気の泡が付いて暴れて焼きむらが出来るのを防ぐのが目的です。


日本刀の場合には、焼刃土を薄く塗って焼きが入った部分には、『刃文』と呼ばれる独特の模様が付くので、焼刃土の塗りの良し悪しはデザイン上からも重要とされます。


岐阜県関市は刃物の町として知られていますが、関鍛冶に、関の孫六、志津三郎兼氏、和泉守兼定などの名匠が生まれたのは、良質の水と焼刃土と木炭に恵まれていたからだといわれています。


さて、いつ頃からヤスリの焼入れに味噌が使われるようになったのでしょうか。江戸時代の『剣工秘伝志』という本には、『錯(やすり)は、焼刃に焔硝(しょうさん)味噌を塗って、焼くなり』と記されています。ヤスリのほかに、味噌を塗って焼入れした刃物として、長野県の信州鎌(かま)や愛知県の豊橋鎌、鳥取県倉吉の千歯などがあります。


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味噌のない外国ではどうしていたかといいますと、加熱したヤスリに馬糞(ばふん)を塗ったり、燃やした牛の角の粉末と塩をふりかけたり、ビール酵母の中にやすりを浸した後、海塩とモミガラを塗って焼入れを行ったということですから面白いです。


【参考文献】
苅山信行:やすり読本、 (1993)、[和文書籍](非売品)



2005.11.23
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