レポート  ・帰郷かなわず〜第二山神トンネルの悲劇   
− 帰郷かなわず〜第二山神トンネルの悲劇 −

今年(2005年)4月25日に兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線列車脱線事故は、死亡者数(107人)で戦後4番目の鉄道事故になってしまいました。 わが国の戦後の主な鉄道事故を調べてみると、終戦後の1940年代の混乱期に大きな事故が多発しましたが、その後、50〜60年代には大きな事故の数は減少し、70年代〜90年代は、1991年に滋賀県で起きた信楽高原鉄道事故を除けば大きな事故は起きていませんでした。そんな中で起きた今回の脱線事故でした。


戦後最初の鉄道事故は、1945年(昭和20年)8月22日、鹿児島県姶良郡湧水町にあるJR肥薩線の吉松駅と宮崎県えびの市にある真幸駅(まさきえき)間の第二山神(やまがみ)トンネルで起きました。「肥薩線乗客窒息事故」とか「肥薩線列車退行事故」と呼ばれるこの鉄道事故は、49人の死者を出した事故でした。


1945年8月15日で第二次世界大戦は終戦となり、当時吉松駅は帰郷の列車を待つ多くの復員兵でごった返していました。同年8月22日午前10時30分、客車六両と貨車(人も乗れる)六両の混合列車は、最先頭の本務機関車に引かれ、最後部から補助機関車が押す形で、吉松駅を熊本県人吉方面に出発しました。列車内は復員兵で超満員に膨れ上がっていました。


肥薩線は、真幸駅の次の矢岳駅まで急勾配の登り坂です。最後部の補助機関車は、列車を矢岳駅まで押し上げる加勢をする機関車でした。いずれもD51型の本務機、補助機の蒸気機関車は、列車重量に耐えかねて空転(機関車の車輪がスリップすること)を連発しながら、あえぎあえぎ延長約 650mの第二山神トンネルに入っていきました。ところが、最後部の補助機関車がトンネルに入って八合目付近まできたとき、ついに力尽きてストップしてしまったのです。


トンネル内は平常でも、機関車の吐き出す石炭の黒煙や蒸気を帯びた排気ガスのため息苦しいのに、その日は機関車二両分の煙が充満している中でストップしているのですからたまったものではありません。高温と息苦しさに耐えかねた復員兵たちは、列車から飛び降り、トンネルの入口に向って線路を歩き出しました。悲劇は、このとき起きました。


先頭の本務機関車はすでにトンネルを抜け出していましたが、トンネル内でストップしている後部補助機関車を一刻も早くトンネルから出してやらなければ窒息すると思った本務機の機関士は、列車をバックさせたのです。後部補助機の乗務員は呼吸困難のため意識もうろうの状態にあり、また先頭の機関士に連絡するすべもありませんでした。


暗く狭いトンネル内に降りた復員兵たちは、後部補助機関車に次々に轢(ひ)き殺され、あるいは負傷してしまったのです。ようやくこの異変を知った地元民や真幸、吉松の警防団等によって救出作業が始まりましたが、死者49人、負傷者50余人を数える惨事となりました。


旧吉松町(現湧水町)の郷土史には次のように書かれています。『戦争終結によって、やっと命をとりとめた夢にまで見た故郷の土を踏む前に、肥薩線第ニ山神トンネルの枕木を赤く染めてはかなく散っていった兵士たちの心情を察するに、余りあるものがある』と。十七回忌の1961年(昭和36年)、地元婦人会の人たちの働きかけで慰霊塔が建ち、毎年8月22日には欠かさずその供養が行われています。


【備考】
◆この記事は、旧吉松町(現湧水町)郷土史を出典としています。
◆戦後の主な鉄道事故については、例えば下記のサイトが参考になります。
 ・図録▽戦後の主な鉄道事故 
   → http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/6850.html
◆下記アドレスに、肥薩線吉松駅、真幸駅付近の地図をアップロードしました。
   → http://washimo-web.jp/Report/yoshimatsu.png


−補遺−
この歳(50歳半ば)になってもなお知らずにいた歴史や出来事が地元やその近くに、たくさんあることを最近実感しています。この第二山神トンネルの悲話もその一つでした。


昨年の4月初めに85歳で亡くなった実父の一周忌の席で隣りに座った叔父がポケットから一枚の紙を出して見せます。旧吉松町郷土史のコピーだと言うのです。第二山神トンネル事故が起きたとき十歳代だった叔父は、事故当日たまたま現場近くを通りかかって事故を知ったのだそうです。この三月、60年ぶりに現地を訪れたと言って事故のことを教えてくれました。それで初めて第二山神トンネルのことを知ったのです。


鉄道事故の悲惨さ、無念さをつくずく思っていた矢先に今回のJR福知山線の脱線事故でした。これまで鉄道事故の犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、安全第一でこれから先、事故の起きることのないことを念じてやみません。

2005.05.18  
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