レポート  ・てんびんの詩   
− てんびんの詩 −
『近江商人発祥の地・てんびんの里』として知られる五個荘(ごかしょう、滋賀県東近江市)を訪ねたのは昨年(2010年)12月のことでした。五個荘は、中世以降、近江商人発祥地の一つとして発展した町で、特に江戸時代後期から昭和初期にかけて多くの商人が発生しました。
 
成功して財を成した商人の屋敷や庭園などが残る金堂地区の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。その町並みを訪ねれば、今から20数年前の30代後半の頃にみた『てんびんの詩(うた)』という映画が思い出されてきました。
 
1988年(昭和63年)に製作されたこの映画は、五個荘のある豪商の後継者が鍋蓋(なべぶた)行商に出され、近江商人の魂を入れられ、商いの原点に気づいていく姿を描いたもので、企業や団体等の教育研修の場で使用されてきた映画です。ご覧になった方もたくさんいらっしゃることと思います。現在はDVD化されています。
 
10代続いた商家に生まれた主人公・大作は、小学校を卒業した日に父から呼ばれ、祝いに風呂敷包みをもらいます。中身は『鍋蓋』でした。『明日から行商に出でこれを売って来い、もし売れなかったら商家の跡継ぎにはできない』というのです。
 
天秤棒を担いで行商を始めた大作はまず、自分の家に出入りしている大工や植木屋を訪ねます。世話になっている商家の息子ということで大事に扱われますが、鍋蓋行商だと知ると途端に態度が冷たくなります。親の威光を笠にきた商いなど元からうまく行くはずもありませんし、ましてや行商の修行だと知ると義理で買うことなどなおさらできません。
 
そこでつぎは、見知らぬ人の家を回ってみますが、ほとんど口さえ聞いてもらえません。父が茶断ちをし、母が心で泣いて、彼以上につらい思いをしていることも知らずに、大作はやがて親を恨み、買わない人々を憎みます。
 
時には甲賀の売薬を真似てもみ手の卑屈な演技をし、時には乞食娘をまねて泣き落としの演技をしてみますが、所詮はうそとまねごと、反感を買うだけでした。叔母さんなら買ってくれるかも知れないと思って、40キロの道のりを歩いて親戚の家に行ってみますが追い返されるばかりでした。
 
まだ初商いができすにいたそんなある日、大作は農家の近くの川の洗い場に、鍋や釜が置いてあるのを見かけます。近寄って鍋蓋を手に取って、ふと、『この鍋蓋が無うなったら困るやろな。困ったら買うてもらえるかも知れん』と思いますが、次の瞬間、大作の心は透明になります。そして、我を忘れて鍋蓋を洗い始めたのです。
 
『こら! 人の鍋を、何しとるんかい!』と、おばさんに
 咎(とが)められます。
『すんまへん。わし、鍋蓋がいとおしゅうて、それで・・・』
『なに、鍋蓋がいとおしいだと?』
 
鍋蓋行商に出て3ヶ月も経つのにまだ一個も買ってもらず、売るためにこっそりこの鍋蓋をこわそうと考えたが、この鍋蓋も先人が難儀して売ったものかも知れないという思いに至ると、無性に鍋蓋が洗いたくなったと話すのでした。
 
『そうか、そうだったのか』
『その鍋蓋を買おう。売って欲しい』
『よう頑張ったなぁ。偉い商人になりや。これからやで』
 
おばさんはさらに近所の人たちにも声をかけてくれ、おかげで鍋蓋は売り切れます。大作は、『商いは天秤の棒のようなものだ。どちらが重くてもうまく担げない。売る者と買う者の心が一つにならないと、ものは売れない』という商いの神髄を知るのでした。大作は、かつて父がそうしたように、天秤捧に“大正13年6月某日”と鍋蓋の売れた日付を書き込み、父や母が待つ家へと帰って行くのでした。
 
【備考】
下記の旅行記があります。
■旅行記 ・五個荘金堂町 − 滋賀県東近江市 
  → http://washimo-web.jp/Trip/Gokasyo/gokasyo.htm
 
−補遺−
『てんびんの詩』は、カー用品のイエローハット(東証1部、年商 800億円以上)の創業者・鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう、1933年〜)さんが、企画・製作を手がけたことでも知られています。『掃除の大切さ』と『凡事徹底』を創業以来の一貫精神としている鍵山さんは、平成5年(1993年)に『日本を美しくする会』を創唱、現在同会の相談役。掃除をすることで心を磨く道を全国に伝え歩いておられ、『掃除に学んだ人生の法則』『小さな実践の一歩から』などの著書があります。
 

2011.02.02  
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