レポート  ・利休鼠(りきゅうねず)   
− 利休鼠(りきゅうねず) −

日本には固有の伝統的な色名がたくさんあります。その多くは江戸時代に生まれていますが、「四十八茶百鼠」という言葉があるように、江戸時代には茶色と鼠色が好まれました。「四十八茶百鼠」とは、茶色には48種類、鼠色には 100種のも色があるという意味です。実際にその数ほどあったかどうか分かりませんが、とにかくたくさんあったということでしょう。


そのなかでも、江戸の粋(いき)な人々が好んだ色が『利休色』や『利休鼠』でした。利休色は緑みのある茶色で、利休鼠は緑みを帯びた鼠色のことです。利休鼠は、正式には「りきゅうねず」と読むようです。


利休とは、いうまでもなく千利休のことです。侘びの美学を追求して茶道を完成させた利休は、緑みを帯びた渋い色を好んだといわれますが、利休色や利休鼠は、利休の死後、彼のイメージや茶葉、抹茶の色の連想から付けられた色名でしょう。


利休鼠は、「♪利休鼠の雨がふる〜」という「城ヶ島の雨」の歌で広く知られています。もしこの歌がなかったらどんなネズミだろうということになりそうです。まさか、雨と一緒にネズミが降ってくると連想する人はいないでしょうから、やはり雨の色ということになります。




          
『城ヶ島の雨』        


                北原白秋・作詞/梁田貞・作曲
                1913年(大正2年)10月


        雨はふるふる 城ヶ島の磯に
        利休鼠の 雨がふる


        雨は真珠か 夜明けの霧か
        それともわたしの 忍び泣き


        舟はゆくゆく 通り矢のはなを
        濡れて帆上げた ぬしの舟
        ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる
        唄は船頭さんの 心意気


        雨はふるふる 日はうす曇る
        舟はゆくゆく 帆がかすむ




粋な人好みで利休の名が付く、地味だがどこか上品で高尚な感じのする『利休鼠』を北原白秋は、どんな気持ちを込めて、「城ヶ島の雨」の詩に使ったのだろうかと、ずーっと考えてきました。


そこで、白秋について調べてみました。白秋は、代々立花藩(福岡県柳川市)の御用達をつとめた海産物問屋に生まれます。しかし、実家は白秋が25歳の頃破産し、一家は上京します。


1911年(明治44)、26歳のとき詩集「思い出」を刊行し、上田敏の激賞を受けて一躍詩壇の寵児となります。しかし翌年、夫より虐待を受けている隣家の人妻松下俊子への同情から苦恋に陥り、姦通罪で告訴され、拘置されるという事件を起こしてしまいます。


白秋は、翌年の1913年(大正2)1月、傷心の身に死を望んで三浦三崎に渡ります。そして、その年の10月に、島村抱月から芸術座音楽会のための依頼を受けて舟歌として作ったのが「城ヶ島の雨」です。


作曲は、当時28歳で府立一中の音楽教師であった梁田貞でした。「城ヶ島の雨」は、テノール歌手でもあった梁田貞自身の独唱で発表され、満員の聴衆に深い感銘をあたえたそうです。


曲は、まず短調の調べで始まります。島の木々の緑や岩肌の灰色が雨に煙っていて、そして、「それともわたしの 忍び泣き」とは、死を望むほど救いようのない陰鬱な白秋自分の心境を言っているのでしょう。


次に、曲は、「舟はゆくゆく 通り矢のはなを」のところで、短調から長調へ変調します。心意気のある船頭の歌に引きずられて、晴れ晴れとした気持ちへ変わって行くようです。そして、また短調になって歌は終ります。


ふたたび東京に帰った白秋は、夫に捨てられ身を持ち崩して病んでいた俊子と再会し正式に結婚しました。しかし、1年余りで離婚し、その後、江口章子と再婚、さらに佐藤菊子と再々婚し、生涯に三人の妻を持ちました。


利休鼠という言葉を使い、真珠や霧などの言葉を散りばめたことによって、城ヶ島の灰色の陰鬱さ、死を思うほどの心の痛みや辛さは、その深刻さが薄れ、むしろ日本人の心が吸い込まれるような旅愁とロマン漂う詩になっています。利休鼠という色は、単なる陰鬱な灰色でなく、どこかに希望を含んだ色合いのように思います。


【備考】
◆「利休色」と「利休鼠」については、例えば下記のサイトなどが参考になります。
・日本の伝統色
 → http://www.denntou.com/dentousyoku-index.html
・利休鼠
 → http://www.ne.jp/asahi/ogi/home/back/048.html
◆北原白秋については、下記のサイトなどを参考にして書きました。
・文学年表
 → http://www.city.miura.kanagawa.jp/sisetu/nenpyou.html
・会報「いちかわ」
 → http://www.ichikawa-cci.or.jp/gekkan/rekisi/r_0102.html
・北原白秋と三崎の世界
 → http://members2.jcom.home.ne.jp/kitahara-hakushu/Intro/
◆『城ヶ島の雨』の詩は、著者の没後50年を過ぎて、著作権の切れた作品として掲載しました。

2005.02.08  
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