コラム | ・おきなぐさ(宮沢賢治) |
− おきなぐさ(宮沢賢治) −
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わが家の庭に10株ほどのオキナグサ(翁草)が育っていて、今年は例年になく早く花を咲かせています。花は、ほとんどうつむいて咲くのですが、珍しいことに何輪かがまっすぐ上を向いて咲いています。連れ合いにそう話すと、昨日の夕方、たっぷり水をやったからだと言います。 オキナグサは、キンポウゲ科オキナグサ属の多年草で、花が散った後の白く長い綿毛がある果実の集まった姿を老人の頭にたとえてそう呼ばれます。絶滅危惧II類 (VU)(環境省レッドリスト)に指定されています。 岩手県では、おじいさんのことを『うず』といい、ひげのことを『しゅげ』というそうです。宮沢賢治の作品に『おきなぐさ』という童話があります。物語は、語り手の次のような言葉から始まります。 うずのしゅげを知っていますか。 うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと 呼れますが、おきなぐさという名は なんだかあのやさしい若い花をあらわさないように おもいます。 まっ赤なアネモネの花の従兄、 きみかげそうやかたくりの花のともだち、 このうずのしゅげの花をきらいなものは ありません。 ごらんなさい。 この花は黒朱子(くろじゅす)ででもこしらえた 変り型のコップのように見えますが、 その黒いのは、たとえば葡萄酒が黒く見えると 同じです。 このように、語り手は、方言で『うずのしゅげ』というオキナグサについて自分の感想を語りながら紹介し、この花の下を始終行ったり来たりする蟻(あり)にオキナグサが好きかどうかたずねます。 『大すきです。誰だれだってあの人をきらいなものはありません』 『けれどもあの花はまっ黒だよ』 『いいえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃もえ あがってまっ赤な時もあります』 『はてな、お前たちの眼めにはそんなぐあいに見えるのかい』 『いいえ、お日さまの光の降ふる時なら誰だれにだってまっ赤に 見えるだろうと思います』 『そうそう。もうわかったよ。お前たちはいつでも花をすかして見る のだから』 『そしてあの葉や茎だって立派でしょう。やわらかな銀の糸が植えて あるようでしょう。私たちの仲間では誰かが病気にかかったときはあ の糸をほんのすこうしもらって来てしずかにからだをさすって やります』 『そうかい。それで、結局、お前たちはうずのしゅげは大すき なんだろう』 『そうです』 春が終わってオキナグサの花はすっかりふさふさした銀毛の房に変わりました。二つのオキナグサの銀毛の房がぷるぷるふるえて今にも飛び立ちそうです。そこに、ひばりが飛んできて、二つのオキナグサとの会話が始まります。 『飛んで行くのは嫌ですか』とひばりがたずねると、 『なんともありません。僕ぼくたちの仕事しごとはもう済すんだ んです』 『こわかありませんか』 『いいえ、飛とんだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりで いっぱいですよ。僕ぼくたちばらばらになろうたって、どこかの たまり水の上に落おちようたって、お日さんちゃんと見ていらっ しゃるんですよ』 『ひばりさん さようなら』。オキナグサの銀毛は風に乗って、たんぽぽの綿毛のよに、飛んでいきます。語り手は、二つのオキナグサのたましいは天上へいって、二つの小さな変光星(へんこうせい=明るさの等級が変化する星)になったと締めくくります。 オキナグサの花の特徴を的確にとらえ、巧みな物語構成と表現でうまくあらわしています。そして、物語の最後は宮沢賢治の生命の根源の凝視に他なりません。 【備考】 おきなぐさ(宮沢賢治)は全文を青空文庫で読むことができます。本コラムも青空文庫より引用して書きました。 → https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1085_47131.html
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2018.04.04 | ||||
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