レポート  ・日本語のむずかしさ   
− 日本語のむずかしさ −
日頃、メールマガジンを書いたり、ホーム―ページの旅行記を作成したり、仕事で教材を作ったり、あるいは論文を書いたりするときなどに、漢字の読み方や送り仮名の付け方、外来語のカタカナ表記の仕方、専門用語の規定、敬語の使い方など、日本語ってむずかしいな〜と、実感します。
 
日本語のむずかしさ、それは日本語の”多様性”ということでもあるでしょう。俳句で、漢字を使うか、ひらがなを使うかによって、句の姿だけでなく、表現の強弱などが微妙に変わって感じられたりすることがあります。国語はその国の文化そのもの、日本語のむずかしさは、日本文化の多様性に通じるということでもあるでしょう。日頃、戸惑っている日本語のむずかしさについて綴ってみます。
 
1.地名の読み
 
特にむずかしい漢字ではなく、当用漢字を使っているのに、その読み方が普通でない地名が結構あります。その例をあげました。
 
   鹿児島県霧島市溝辺町竹子
   鹿児島県出水市境町切通
   熊本県宇城市松橋町
   鹿児島県薩摩川内市東郷町南瀬
   熊本県玉名郡和水町
 
鹿児島空港から北西へ約10kmのところに『竹子』という集落があります。空港への行き帰りに、竹子公民館、竹子小学校、竹子入口などと書いた標識が目に入りますが、どこにも読み仮名をふってありません。この地名は、『たけこ』『たけのこ』『ちくし』などと尋常な読み方をするんじゃなかったよなあ〜、何と読むんだったけと、いつも自問自答してみますが、思いだせた試しがありません。
 
『切通』は、熊本県との県境に近い国道3号沿いにある地名で、『切通小学校』の標識に、読み仮名がふってあるので、いくらか親切です。切通は、山や丘を掘り削って交通路に開いた部分のことをいい、普通はそのまま、『きりどおし』と読みますが、この地名も知っていないと読めないでしょう。
 
『松橋』は、九州自動車道に、松橋インターチェンジがあって、天草諸島方面へ向かう場合に乗り降りしますから、九州の人は比較的読めるのではないでしょうか。確かに『まつばし』という発音はちょっとしにくいです。発音しやすいように訛(なま)ったのでしょう。また、南瀬も『なんせ』『みなみせ』とは、ちょっと発音しにくいです。
 
先週、灯籠祭りで有名な熊本県山鹿市の中心部から西北へ約5q入った、まさに奥座敷という言葉がぴったりな、山あいの温泉地・平山温泉に行ってきました。九州自動車道の菊水インターチェンジから平山温泉へ行き来するときに通るのが、玉名郡和水町です。
 
聞き馴れない町名だったので調べてみると、平成の大合併で、菊水町と三加和町(みかわまち)が合併して、2006年3月1日に誕生した町だそうです。三加和の『和』と菊水の『水』を取って『和水町』としたのだそうですが、その読み方が難解です。
 
ネットに『和水町を読める人は熊本県または九州出身の人だと思って間違いないですか?』という質問の書き込みがあって、その答えに『そう決め付けは出来ませんね。九州の人でも、熊本県の人でも読めない人はいるはずです』とコメントがあります。さて、例として挙げた地名はそれぞれつぎのように読みます。
 
   かごしまけん・きりしまし・みぞべちょう・たかぜ
   かごしまけん・いずみし・さかいちょう・きずし
   くまもとけん・うきし・まつばせまち
   かごしまけん・さつませんだいし・とうごうちょう・のうぜ
   くまもとけん・たまなぐん・なごみまち
      
2.送りがなのつけ方
 
技術者を目指す学生たちが初めて書いた技術文章を添削するとき、まず指導しなければならないのが、漢字の送りがなのつけ方です。多くの学生が、つぎのように書くでしょう。
 
(a)機械装置は、組み立て図と組み立て要領書にしたがって順序良
   く組み立てる。組み立てを終えたあと、芯出し説明書の通りに
   芯出しを行ったうえで、据え付け指示書にもとづいて据え付け
   る。
 
この文章を添削すると、つぎのようになります。
 
(b)機械装置は、組立図と組立要領書にしたがって順序良く組立て
   る。組立を終えたあと、芯出し説明書の通りに芯出しを行った
   うえで、据付指示書にもとづいて据付ける。
 
つまり、技術文章では、発音は同じ”くみたて”でも、名詞の場合には送りがなをつけずに書き、動詞の場合には送りがなをつけて書きます。”組み立てる”とも書きますが、”組立てる”と書く方が一般的なようです。”すえつけ”も同様ですが、ただし、”芯出し”は、名詞でも送りがなの”し”をつけます。これは、”芯出す”という動詞がないからでしょうか。
 
(a)と(b)の文章を読んでみましょう。読みはまったく同じです。文章の意味もまったく同じですから、(a)の文章で何か支障をきたすということはないのですが、日本語にはこのよう慣用(習慣)があるわけですから、日本語を学び始めた外国人には、むずかしいと思われるに違いありません。
 
3.外来語のカタカナ表記
 
例えば、『シリンダー』と書くべきか『シリンダ』と書くべきか、『モーター』と書くべきか『モータ』と書くべきか、歯車は『ギア』『ギヤ』のどっちだったかな、などと、外来語のカタカナ表記には未だに自信がないので、そのつど用語辞典などで確認している有り様です。
 
『外来語の書き方』に関する平成3年の内閣告示第2号では、”英語の語末の -er、-or、 -arなどに当たるものは、原則としてア列の長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。ただし、慣用に応じて「ー」を省くことができる”となっています。すなわち、エレベーター、ギター、コンピューター、マフラーなどと書きますが、慣用に応じて、エレベータ、ギタ、コンピュータ、マフラなどと書いてもかまわないという
ことです。
 
一方、工学系の用語が多く出てくる JIS(日本工業規格)では、次のようになっています。
 
(1)その言葉が3音以上の場合には、語尾に長音符号を付けない。
  (例)エレベータ(elevator)、コンピュータ( computer)、
     メモリ(memory)
(2)その言葉が2音以下の場合には、語尾に長音符号を付ける。
  (例)カー(car)、カバー(cover)、キー(key)
 
ただし、JIS には「参考」として、”日本工業規格においては、英語のつづりの終わりの -er、 -or、 -arなどを仮名書きにする場合に、長音符号「ー」を付けるか、付けないか、どちらかに決めたいということで以前から審議してきたが、問題が多く統一は困難なので、それが属する専門分野の学術用語の表記に従っているのが現状である”とあり、”長音符号「ー」は用いても略しても誤りでないことにしている”とあります。
 
つまり、長音符号「ー」をつけた場合とつけない場合が混在するという実情であり、例えば、工具はドライバーとし、パソコンのソフトはドライバとするのだという誤解を招いたり、視覚障害者が聞いたときに、メモリーとメモリ(目盛)、タイマーとタイマ(大麻)、メーカーとメーカ(銘菓)など、誤った認識をする可能性が危惧されます。
 
そのため、テクニカルコミュニケーター協会という財団法人には、カタカナ表記検討ワーキンググループというワーキンググループがあって、外来語(カタカナ)表記ガイドラインを作成しているほどです。
 
4.外来語の慣用表記
 
アルミニウム (aluminium)と書きますが、アルミニュームとは書きません。同様に、カルシウム(calcium )と書いて、カルシュームとは書きません。一方、粉塵や蒸気の意味のヒューム(Fume)は、ヒウムとは書きません。すなわち、かならずしも発音通りには書かないというわけです。
 
1990年代の初めの頃ですから、もう10数年前のことになりますが、『ファジィ』とい言葉が流行しました。「ぼやけた」「あいまいな」という意味の “fuzzy”という英語からきた言葉で、ファジィ制御という技術を使ったファジィ家電がブームになりました。
 
人間が手もみで洗濯する場合、泥汚れなのか脂汚れなのか、洗うものが綿なのか化繊なのかなどによって微妙に洗い方を変えています。そうした人間の手もみの微妙な仕方を洗濯機の制御で実現しようとしたのが『ファジィ洗濯機』です。ファジィ制御は、今は一般化した技術で、洗濯機の他に冷蔵庫、エアコンなどで応用されています。
 
このファジィ制御について、中央から権威ある先生を呼んで県主催の講演会が開かれました。演壇の上方に大きな垂れ幕がつるされ、『ファジー制御の○○○について』と書かれています。学会では『ファジィ』と書きますから、当然講演する先生の配布した資料では『ファジィ』という表記が使われていました。
 
5.当用漢字と学術用語
 
中国から伝来した漢字は、わが国の国語に大きな影響を及ぼし、国語の内容を豊富にし、ひいてはわが国の文化の興隆に大きく寄与しましたが、漢字のために学校教育に大きな負荷がかかり、また学術の進展、科学の普及の妨げになるという側面がありました(1)
 
そこで、大正12年(1923年)に常用漢字が、昭和17年(1942年)に標準漢字が、昭和21年(1946年)に当用漢字が定められ、合計2万字以上ある漢字の中から、日常読み書きする漢字をある数に制限するということが行われてきました。
 
それはそれで良かったのですが、当用漢字1850字が定められたことによって、学術用語の表記に多大な不便が生じることになりました。たとえば、外来語でもないのにカタカナで書かれる用語があります。碍子(がい子)をガイシ、砥石(と石)をトイシ、蛋白質(たん白質)をタンパク質と書くことなどがその良い例です。
 
日本ガイシ株式会社という会社があります。この『日本ガイシ』という社名は、通称(表記社名)であり、正式社名(商号)は、日本碍子株式会社なのです。『碍』が当用漢字でないので、『日本が石』とすべきなのですが、いわゆる”交ぜ書き”は、読み取りにくかったり、語の意味が把握しにくかったりするので、いっそのこと全部をカタカナで書くことにしたのです。
 
油を含ませて使う手作業用の砥石のことを『油砥石』といいます。『砥』が当用漢字にないので、『油と石』と書くべきですが、これでは”オイルストーン”なのか”オイルとストーン”なのかはっきりしないので、『油トイシ』と書く方が良いだろうということになります。『たん白』を”たんしろ”と読む人もいるかも知れません。
 
そのほか、ひらがなで書くと、ひらがな書きされている文の前後との区別がつきにくいことから、カンガイ(灌漑)、クギ(釘)、カワラ(瓦)、レンガ(煉瓦)、ハリ(梁)、ケタ(桁)などと、カタカナで書かれる場合があります。
 
このように、漢字で書く、交ぜ書きをする、カタカナで書くという、3つの表記方法があって、場合場合によって使い分けているわけです。これもまた、日本語を習い始めた外国の人にとって、悩みの種かも知れません。
 
余談になりますが、ガイシの『碍』という漢字がいま注目されています。『碍』は、『さまたげる、さしつかえる』あるいは『さまたげ、さしつかえ』という意味の漢字です。道を歩いていたら、石を得た(目に入った)、これは妨げになるな、といった解説が漢和辞典にあります。
 
したがって、戦前は、『障害者』を『障碍者』あるいは『障礙者』(礙は碍の本字)とも書いていました(読みはいずれも”しょうがいしゃ”)。当用漢字の制定によって、『碍』および『礙』が使えなくなったため、もっぱら『障害者』と表記するようになったわけです。ところが、『害』の字は負のイメージが強いというので、最近、自治体などを中心に『障がい者』という表記が使われるようになってきています。
 
しかし一方で、佐賀県の古川康知事は、『障がいという交ぜ書きは漢字文化になじまない。害するという意味のない碍を採用すべきだ』といい、『碍』を常用漢字に追加するよう求める意見を表明しています。ちなみに、日本の障害者に相当する表記は、中国が残疾人、台湾が障礙者、韓国が障碍人だそうです。
 
6.敬語
 
『敬語』は、日本語の特色として取り上げられることが多いですが、敬語を用いた表現、すなわち『敬語表現』にはなかなか難しいところがあります。自信がないときは入念に確認してみないと無意識のうちに不適切な表現をしてしまう場合があります。
 
著者のメルマガで、興味深いホームページやブログを紹介するコーナーを〔サイト案内〕としていました。案内するのは自分だから、自分の行為に『御(ご)』や『お』を付けるのはおかしいと思ったのです。しかし、なんだか合点がいかないので調べてみると〔サイトご案内〕で全く問題なかったのです。
 
自分の動作やものごとでも、それが《向かう先》を立てる場合であれば、謙譲語として『御』や『お』を使っても全く問題ないということです。『お届けする(お届け申し上げる)』『御同行する(御同行申し上げる)』などのように、《向かう先》が人物である動詞に限って、『御』や『お』を使うことができます。
 
レストランの給仕係の人が『御注文の品はおそろいになりましたでしょうか』というのを耳にすることがありますが、この表現は、『御注文の品』を立てていることになってしまうので呉用であり、『御注文の品は、そろいましたでしょうか』というのが正しいです。
 
二つ(あるいはそれ以上)の語をそれぞれ敬語にして、つなげて用いる場合にも注意が必要です。聞く、尋ねる、訪問するの謙譲語に『伺う』という言葉があります。この伺うを使って『先生は私の家に伺っていただけるでしょうか』という表現をしたらどうでしょうか。
 
先生が私の家を訪ねることを謙譲する語『伺う』を使って述べているため、『私』を立てることになり不適切だということなります。気をつけないと思わず使ってしまいそうです。同様に『隣の窓口で伺ってください』という表現も『隣の窓口』を立てることになり不適切です。『隣の窓口でおたずねください』といえば良いでしょう。
 
『先生は私を御案内してくださった』あるいは『私は先生に御案内していただいた』という表現は、『先生が私を案内する』ことを謙譲する語『御案内する』で述べているため私を立てることになり不適切な表現になります。この場合、”して”を削除して『御案内くださった』『御案内いただいた』 とすれば良いわけです。
 
ある会社の社内の忘年会で、司会者が『まず、社長からご挨拶を頂きます』というのは、うちうちの集まりのなかで社長を立てる敬語を用っているわけですから一向に構いませんが、外部の人を招待しての集まりのなかでは、『まず、社長からごあいさつを申し上げます』というのが適切な表現になります。
 
『植木に水をあげる』『金魚に餌をあげる』といった表現がされます。『あげる』は本来、『やる』の謙譲語ですから、『植木』や『金魚』などに対して使うのは、旧来の規範からすれば誤用ということになりますが、文化審議会答申の『敬語の指針』(平成19年2月2日)はつぎのように指摘しています。
 
『あげる』を使う人は、この語の謙譲語的な意味がすでに薄れていると考え、同時に『やる』という語に卑俗さ・ぞんざいさを感じてこれを避けている可能性がある。この語の謙譲語から美化語に向かう意味的な変化は既に進行し、定着しつつあるといってよい。
 
上述の『敬語の指針』は、”敬語は、人が言葉を用いて自らの意思や感情を人に伝える際に、単にその内容を表現するのではなく、相手や周囲の人と、自らとの人間関係・社会関係についての気持ちの在り方を表現するという役割をもつものである。人と人が言語コミュニケーションを円滑に行い、確かな人間関係を築いていくために現在もまた将来にわたっても敬語の重要性は変わらないと認識することが必要である”と述べ、学校教育や社会教育での敬語の学習と指導の重要性を指摘しています。
 
確かに、『敬語』は多様で複雑で、日本語を一層難しているという側面があるわけですが、それは日本語とその背景にある日本文化の特色であり、財産だと思います。パソコン、インターネット、モバイル等の出現で最近の人は文章を手書きすることが少なくなったといわれますが、読むことは昔より断然多くなっているようです。パソコン、インターネット、モバイル等で読まれる文章において適切な敬語の使い方がされておれば、おのずと敬語の学習にもつながるのではないでしょうか。
 
【参考文献】
(1) 土木用語の制定について
(2)文化審議会答申の『敬語の指針』(平成19年2月2日)
 

2013.04.02  
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