レポート  ・無患子(むくろじ)   
 
− 無患子(むくろじ) −
この歳(64歳)になるまで知らずにいたことが、何とたくさんあることかと云うのが著者の口癖です。『無患子(むくろじ)』もつい最近まで知らずにいました。
 
理想郷の実現を目指して、宮崎県児湯(こゆ)郡木城(きじょう)村石河内に、『新しき村』の鍬入れが始まったのは、1918年(大正7年)のことでした。5年後には村内生活者も44人になりましたが、ダム建設によって村一番の水田が湖底に沈んでしまったため、埼玉県に新たに『新しき村』が建設されました。
 
これによって『新しき村』の本部は埼玉に移りましたが、今なお『日向新しき村』の理想の灯は、松田省吾さん(70)らによってともされ続けています。武者小路実篤の旧居を模った『武者小路実篤記念館』が建てられ、実篤の書画複製などが展示されています。
 
また、『日向新しき村』へ至る途中の県道および近辺の道路設備(トンネル、橋)には、『友情トンネル』、『日日新トンネル』、『一歩橋』など、実篤の墨蹟を写した銘が入ったものや松田さんの揮毫(きごう)による橋銘板、実篤と松田さんの墨蹟によって構成さたものなど、十余点が一般の公共の場に溶け込んでいます。
 
『無患子谷(むくろじたに)』という松田さんの揮毫によって彫られた標石もその一つです。『友情トンネル』の片方は急峻で深い谷になっていて、その底を小丸川が流れています。トンネルの入口近くにその標石は建てられています。
 
松田さんに名前の由来をたずねると、昔この辺りに無患子の大きな木が植わっていて、村の人たちが実を採りにきていたことに由来すると教えてくれます。無患子とは、そのとき初めて聞いた名前でした。
 
本州中部以西から九州の山や朝鮮南部、台湾、中国、インド、ネパールに自生して、高さが15メートル以上になる落葉高木。果実は直径2センチの球状で、厚い外皮があって秋には半透明の黄褐色になり、晩秋の落果時には中で黒いまん丸い実がコロコロと音を立てるそうです。
 
学名の Sapindus mukurossi に、Sapindus(サピンダス=ラテン語の sapo indicus(インドの石鹸)の語源)とあるように、果皮に約10%のサポニン( saponin、シャボン玉のシャボンと同じ語源)が含まれているため、実の外皮をむいで、こすり合わせると、石鹸みたいに泡立つそうです。
 
従って、昔は石鹸の代わりに使われていました。”無患子 台湾”でネット検索してみて下さい。オーガニック派の、あるいは自然派の石鹸、シャンプーなどと、60万件余りのページが検索されます。季語にないか調べてみると、うれしいことに秋の季語になっています。
 
    雨の日の雨の無患子深大寺  星野麥丘人
    深大寺無患子拾ふ十あまり  柴崎忠雄
 
天台宗の仏教寺院である深大寺(じんだいじ、東京都調布市)は、門前町の『深大寺そば』が有名だそうですが、境内に一本の大きな無患子の木があることでも知られているそうです。
 
じつは、晩秋の頃、果実のなかでコロコロと音を立てる、黒くて固いまん丸い実は『数珠』の玉に使われ、『羽根突き』の玉に使われていたそうです。お釈迦様は、無患子の実を 108個、糸で貫き通して輪を作り、それを一つ繰るごとにお経を唱えなさいと教えられたと伝えられています。
 
『無患子』は、学名にある『 mukurossi』の読みをあてた当て字でしょうが、『子に患い無く』とは、羽根突きの玉の名前としてま
さに縁起の良い名前に違いありません。
 
下記のページが参考になります。
 ■ 写真真探訪 ・日向新しき村を訪ねて − 宮崎県児湯郡木城町
 

  2013.11.06
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