雑感 | ・日の出貝と牡蠣〜 海からの贈物を読んで(3)〜 |
− 日の出貝と牡蠣〜 海からの贈物を読んで(3)〜 − |
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早いもので、2005年が明けてから一ヶ月が過ぎ、暦のうえではもう春です。著者は、昨年の年末、横浜の夜景を撮影に行きました。みなとみらいや、赤レンガ倉庫などのイルミネーションの影に寄り添う恋人たち。どれもこれも美しいシルエットです。 1927年(昭和2年)に、ニューヨーク〜パリ間の大西洋単独無着陸横断飛行に成功したアメリカのリンドバーグの夫人アン・モロウ・リンドバーグ女史が、1950年(昭和25年)代に書いた著書『海からの贈物』は、読み返すたびに新しい意味を発見する本です。 純粋で、簡単で、背負うべき重荷もない、信じきった二人がただ向き合うだけで完成された二人だけの世界。そんな恋人たちの関係を、アン女史は、『日の出貝』になぞらえています。 日の出貝。それは、蝶の羽のように両面が正確に対をなして完全に融合して美しく、しかし、さわるだけで壊れそうな、無駄なものにすぐに押し潰されそうな貝です。 この日の出貝の関係は、結婚して家庭を持つと、仕事や家庭における義務など、男も、女も、めいめいに与えられた役割に従わずにはいられなくなり、誰にも避けられない形で犯されて行くと、女史はいいます。 世間との接触、いろいろな縁やつながり、義理や束縛、責任、未来への計画や心配、過去に対する義務などと無関係でいられなくなると。そして、同じ形で日の出貝の関係を続けていけないのは悲劇だと思い、元の形に戻れないのはどうしたことかと不満になり、もっと理解のある相手を見付けて日の出貝の日々を取り戻そうとしかねないと。 アン女史は、『牡蠣(かき)』こそ、結婚して何年かになる夫婦生活を表わすのに適した貝のようであるといいます。 牡蠣、それは、生活を続けて行く必要から生じた独自の形をしていて、二つとして同じ形のない貝で、不恰好で、でこぼこな形をしている。あたかも、子供の成長に応じて建て増しした家に似ていて、見ていて可笑しくなる。背負っている殻の重さやいろいろな付着物が不愉快にさえ思える貝であるといいます。 しかし、岩の上に踏ん張っていて、容易なことでは引き離されない貝です。向き合っているというより、二人とも同じ方向を向いていて、他の人間や社会との繋がりもできている貝です。そして、女史は、「自分の手にしっくり嵌(はま)るようになった古い庭仕事の手袋に似た親しみがある」といいます。 だれもが、日の出貝の関係のままであり続けたいと願いながら、しかし実際にはなかなかそうもいかず、諦めたり、妥協したり、あるいは毎日の生活に追われて、考える暇さえなく、気が付いて見れば、日の出貝は、遠い昔のことということでしょうか。 牡蠣とは、よく形容したもので、全くその通りだと思います。「すべて、生きた関係は変化し、拡張しつつあって、常に新しい形を取っていかなければならない。最初にくるのが日の出貝である」と、日の出貝がやがて牡蠣に変わらざるを得ない必然性を説かれ、誰もが牡蠣こそ年相応の姿であるのだと思うと、目から鱗(うろこ)が落ち、何だかほっとさえします。 それでも、日の出貝の関係に戻りたいと、だれしも思うことでしょう。アン女史は、こう付け加えています。「そのもとの姿(日の出貝の関係)は、失われるのではなく、ただ生活上の夾雑(きょうざつ)物の下に埋められているに過ぎない」と。日の出貝の関係をもう一度呼び戻すには、夫も、妻も、ときには一人でどこか旅行に出かける機会を作るべきだと。また、二人でそうするのもいいことだと。 牡蠣になったお父さん、お母さん、たまには、牡蠣の殻を脱いで、両面が正確に対をなして融合した日の出貝となって、イルミネーションの下で美しい恋人のシルエットを描いてみませんか。 アン女史は、当時のトップレディであると同時に、長男が誘拐され死体で発見されるという、女性として、母親として、大きな試練を味わいながら、牡蠣となって五人の子供を育てた上げた人でもありました。若い恋人の皆さん、嫌わず、実りある滋養の多い立派な牡蠣になって下さい。 日の出貝の場合がそうであたように、牡蠣の状態もいつまでも続くわけではないと女史はいいます。次に来るのは、『たこぶね』という貝です。 【備考】 ●この雑感は、『海からの贈物』(アン・モロウ・リンドバーグ著/吉田健一訳/ 新潮文庫/1967年7月発行/)の紹介、読書感想として書きました。文の一部分を 引用させて頂いています。下記のページに書籍紹介があります。 → http://washimo.web.infoseek.co.jp/BookGuide/BookGuide5.htm ●下記のページに、 ・雑感『ここと今と個人と 〜 海からの贈物を読んで(1)〜』 ・雑感『つめた貝 〜 海からの贈物を読んで(2)〜 』を記載しています。 → http://www.washimo.jp/Report/Mag-Kokoto.htm → http://www.washimo.jp/Report/Mag-MoonShell.htm |
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2005.02.12 | ||||
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