コラム  ・月下美人とコウモリ   
− 月下美人とコウモリ −
『月下美人とコウモリ』。月下に佇(たたず)む美女と吸血鬼ドラキュラの話しではありません。サボテン科クジャクサボテン属の園芸植物である月下美人(ゲッカビジン)がわが家でも花を咲かせました。
 
月下美人は、年に一回(多くても二回)だけ、それも夜に、強い芳香を漂わせながら、直径20〜25cmの美しい大輪の白い花を咲かせるという神秘的な花ですが、進化生態学的にも神秘的な花です。月下美人の、コウモリ(蝙蝠)を上客にした『共進化』の話しです(共進化とは、一つの生物学的要因の変化が引き金となって別のそれに関連する生物学的要因が変化することをいいます)。
 
月下美人は、メキシコの熱帯雨林地帯を原産地とし、英名をDutchmans pipe cactus(丈夫な落葉性のつる植物で、大きな葉と萼筒(がくとう)がパイプの火皿のように湾曲した花を持つサボテン)、あるいは、A Queen of the Night(夜の女王)といいます。
 
和名の”月下美人”は、昭和天皇が皇太子時代の大正12年(1923年)に台湾を訪問された折、この美しい花の名を尋ねられたのに対して、当時台湾総督だった田(でん)健次郎(1855〜1930年)氏が、とっさに『月下の美人』と答えたことに由来するそうです。
 
さて、月下美人は、自分の花粉を自分の株のねしべが受粉しても受精に至らない『自家不和合性』(じかふわごうせい)の植物なので、花粉を別の株まで運んでもらい、受粉してもらわなければなりません。蜂や蝶では役不足です。そこで、月下美人は、熱帯雨林のなかで誰に花粉を運んでもらおうか考えました。
 
コウモリの多くは昆虫などの小動物を主食としますが、月下美人の原産地には、花蜜食や花粉食を示す小型コウモリがいました。月下美人は、送粉の役目をこのコウモリに委(ゆだ)ねることに決め、以来、このコウモリに上客となってもらわんがために進化を遂げていきます。
 
まず、コウモリは夜行性動物ですから夜に花を咲かせることにしました。花の色は薄闇のなかでも目立つ白色にし、強い芳香を漂わせます。花の大きさもコウモリの体長に似合った大輪にしました。幹には、コウモリの訪花に耐える強度を持たせました。
 
花は木の枝の間に生じるのではなく、木の幹から直接生じ、障害物のない位置に形成されています。虫媒花に比べて花粉と花蜜が非常に多く、花筒の奥に隠れず表に露出しています。最初つぼみは垂れ下がっていますが、開花直前になると自然に斜め上横向きになって膨らみ、開き始めると同時に芳香を漂わせはじめます。
 
以上のように、月下美人はそのすべての特徴を、コウモリがホバリング(はばたきによって体を支え空中の一点にとまっているような飛び方)をしながらやや下向きに舌を伸ばして花蜜と花粉を摂食する行動を取りやすいように進化させました。
 
受粉(送粉)様式に合わせて特化した花の特徴のことを『送粉シンドローム』といいますが、月下美人の特徴は、コウモリ媒花の特徴に一致する送粉シンドロームに他なりません。ホバリングしながら月下美人の花蜜を必死に舐めとり、同時に顔を花粉だらけにしたコウモリが運よく別の株に花粉を運んでくれれば、もう大成功です。
 
さて、わが家の月下美人は、連れ合いが挿し木から育て上げたもので、ここ数年、年に一回この時期に花を咲かせます。先週の夕方、玄関の上がり框(かまち)近くの縁側に置いていた鉢植えの月下美人が、『花を咲かせそうよ。今夜咲いてくれないと、明日から留守にするから見れないね』と連れ合いがいいます。
 
そこで、白洲正子(1910〜1998年)さんの『夕顔』と題するエッセイのなかに、植物にも感情や知性があり、人間が考えていることを予知することができるという行(くだり)があったのを思い出し、話しかけてみることにしました。居間から眺められる濡れ縁に出してカメラをセットし、今夜咲いてくれるよう話しかけてみます。
 
話しが通じたのか、あるいは元々その夜に咲かせるつもりだったのか花が開き始めました。それでは、下記のページで写真を見て下さい。画面の右側に縦に並べてある8枚のサムネイル(小さい画像)を上から順にクリックして頂くと、開花の様子が見れます。
 
 ・月下美人の開花の様子を見る。 
 → http://washimo-web.jp/Information/Gekkabijin/gekkabijin.htm
 
【参考にしたサイト】
(1) ウィキペディアの『ゲッカビジン』『共進化』『送粉シンドローム』の頁
(2) 雑学解剖研究所−LABORATORY−植物の研究1
   → http://why.mods.jp/contents/plant.htm
(3) じじぃの「未解決ファイル_65_月下美人」 - 老兵は黙って去りゆくのみ  → http://d.hatena.ne.jp/cool-hira/20100121/1264022085
  

2011.06.15  
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