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旅行記 ・都井岬 − 宮崎県串間市  2012.10
都井岬
人(観光客)と野生馬が共存している風景が印象的でした。
都井岬(といのみさき、といみさき)は、宮崎県串間市大納に属し、太平洋に面する岬。志布志湾の東端かつ日向灘の南端。砂岩及び泥岩が互層となった山地が突出、周囲は絶壁となっている。野生の御崎馬が棲息することで知られ、「岬馬およびその繁殖地」として国の天然記念物に指定されている。この野生馬は江戸時代に高鍋藩が軍用馬飼育のため、放牧を始めたものが、後に半野生化したものである。(都井岬-Wikipediaより) 地図を見る
御崎馬(岬馬) 
カーブを曲がると突如馬が現れます。
天然記念物『幸島のサル』見物の帰りに寄った都井岬。こちらの野生の御崎馬(みさきうま)も天然記念物。海を見下ろす大パロラマの雄大な景色も印象的でしたが、野生馬と人(観光客)が共存している風景も印象的でした。道路を走っていると、突如、道路端で草を食んでいたり、道路をテクテク歩いていたりする馬に遭遇します。
道路端で草を食む馬
草を食べに行って帰りの馬が通り過ぎるのを、車が停車して待つ風景など、都井岬ならではの風景でしょう。幸島のサルと同様、ここの馬もおとなしく、人間とのトラブルを心配する必要はないようです。300年以上もホームランドとして自然棲息している余裕なのでしょう。糞が見当たらないのにも感心しました。
車は停車して、馬が通り過ぎるのを待ちます。
御崎馬(岬馬)の説明板
旧都井岬観光ホテルの前を闊歩する馬
御崎馬は、都井岬に牧場が開設されて以来300年以上の間、人為的管理をほとんど加えない周年放牧によって粗放に飼養され、繁殖と育成が自然にまかされてきたため、粗食に耐え、体質が強健で、斜面が多い環境に適した発達した後躯を持つなど、都井岬の自然環境に適応した資質をもつ。御崎馬は1頭の牡と数頭の牝とその仔馬で形成されるハーレム単位で行動する。ハーレムをもたない若い牡などは、牡だけの群れを作る。平均寿命は牡が約14年、牝が約16年。牝は3歳頃から出産、12歳過ぎ頃までほぼ1年おきに平5−6頭を産む。仔馬は1−2歳で産まれたハーレムを離れる。(御崎馬-Wikipediaより)
御崎馬(岬馬)
体高130cm前後、体重300kg前後で、ポニーに分類される。日本在来馬の中では中型馬に分類される。軽種競走馬のサラブレッドやアラブ種と比べると一回り小さく、体形はがっちりして頭部が大きいが、農耕馬として育成された他の日本在来馬と比べると足が細いなど幕藩体制下の乗用馬の特徴が保存されている。毛色は鹿毛、黒鹿毛、河原毛が多く、足首が黒いのが御崎馬の特徴である。モウコノウマや古い品種のウマによく見られる鰻線という色の濃い線が背中に現れるものが多い。
昼寝をしている仔馬も
幕藩体制下の乗用馬の特徴を残すという御崎馬
『岬の駅 都井岬』(旧都井岬観光ホテル) 昭和39年(1964年)宮崎交通が都井岬観光ホテルを開業。2000年に串間市などで作る第三セクターに経営権を譲渡され、さらに2007年に大阪市に本社がある不動産会社が土地・建物と経営権が買い取り、リニューアルオープン。しかし、2010年(平成22年)3月1日に閉館。串間商工会議所が施設を借り受け、同年4月道の駅ならぬ『岬の駅 都井岬』がオープンした。
今は『岬の駅 都井岬』となった旧都井岬観光ホテル
都井岬灯台
都井岬灯台
岬の東部に位置する都井岬灯台は海抜255mに位置し、高さ15m、光達37海里。1929年(昭和4年)点灯。一般公開もしている参観灯台。日本の灯台50選にも選ばれている。灯台に立てば、270度の太平洋の展望が楽しめる。なお、この都井岬から見える小島が、イモを洗う猿で有名な幸島である。(都井岬-Wikipedia より)
都井岬灯台から北方の日向灘を望む
             
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