踊りの行われる薩摩川内市高江町の南方神社 |
薩摩川内(せんだい)市高江町の『太郎太郎踊り』(県指定無形民俗文化財)は、南方神社(諏訪大社の系列を組む神社)の春祭に伴う芸能として、毎年3月の第一日曜日に豊作・安産・無病息災を祈願し、奉納される農耕劇です。登場人物は、太郎の祖父である『オンジョ』(雲上)、太郎の父『テチョ』(丁長)、テチョの息子で怠け者の『太郎』、牛(人が黒い布をまとって牛に扮します)、そして地元の小学生たちです。 |
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先ず、神主によるお祓いから |
神事のあと、子供たちの、『タロタロー ウショヒイテケー』(太郎太郎、牛をひいて来いー)という掛け声で農耕劇が始まります。何とかして仕事をさぼうろうとする太郎と、それを諌(いさ)めるテチョとのやり取りが方言でくり広げられ、見物客の笑いを誘います。田打ちが済むと、ヨメジョ(嫁女)が、赤ん坊に見立てた自然石(ヨネマツジョ(米侍女))を産み落とし、皆で祝福します。最後は、神官が田舟に入れた籾(もみ)を蒔(ま)いて、お開きとなります。
以下に、鹿児島弁と標準語の混在で、セリフを記述します。 |
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オンジョ(祖父)は、 田打ちの進み具合を見に出かけますが・・・ |
〔オンジョ〕太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜、太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜 |
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オンジョ(祖父)は、苦言を呈しながら、溝口を整えます。 |
〔オンジョ〕こんなに溝口を落して水を流していたら、田打ちも出来ないし、土が腐りもしない!
お前のような奴はほかにいない! 今まで、何をしていたのか! 畦を見て見ろ、
他の家は皆、始末が済んでいるぞ! |
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『太郎太郎、牛をひいて来いー』と叫びながら、テチョ(父親)が田んぼに現われます。 |
〔テチョ〕太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜
あの80歳になったオンジョ(爺さん)をつけて、子供に田打ちをさせにやらしたが、
どんな様子だろうか! 太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜 |
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やっと、太郎が現れますが、牛を連れていません。 |
〔テチョ〕太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜
〔太 郎〕オー |
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『牛がいない、どこにもいない!』と、太郎が弁解します。 |
〔テチョ〕太郎、お前は牛を引いてきたか!
〔太 郎〕テチョ、牛しゃおらんでや(牛はいないよ)、テチョ
〔テチョ〕牛しゃおらんはっじゃなかが!(牛がいないはずはないが!)
〔太 郎〕そいどん、おらんでや(だけれども、いないよ)
〔テチョ〕太郎、牛はね、“ぜぜが谷”の大坂(おーさこ)を登って、小坂(こさこ)を下って、
ずーっと行けば、お千代後家の豆畑がある。そこに行けば牛がいるから、牛を取って来い! |
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牛の居場所を教えられ、太郎は再度牛を探しにいきます。 |
〔太 郎〕そいならテチョ、牛しょ取って来ら(そうならテチョ、牛を取って来る)
〔テチョ〕太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜 |
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牛はいたことはいたが、捕まえることができなかったと、太郎は身振り手振りをしてみせます。 |
〔テチョ〕太郎、お前は牛を取って来たか!
〔太 郎〕テチョ、あなたが言ったように、ぜぜが谷”の大坂を登って、小坂を下って行ったら、
お千代後家の豆畑があったお(よ)! |
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前からオーオーオー、後ろからオーオーオーと、牛を取る所作をしてみせます。 |
〔テチョ〕太郎、豆畑があったか!
〔太 郎〕テチョ、そけ牛しょおったお!(そこに牛はいたよ!)
〔テチョ〕そうか、牛はおったか! |
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牛が、ウォーッ と飛び跳ねて、取れなかったと、演技して見せます。 |
〔太 郎〕そしてなテチョ、牛しょ(牛は)豆食ろて、はら食ろて、腹なんだパーンとして、
ホングロ(陰嚢)なんだゾーッとしておったお、そして取ろかいともて(取ろうと思って)、
前からオーオーオーと行けば、パーンとするし、後からオーオーオーと行けば、
ウォーッと来て取いがならんでや(取ることができないよ)、テチョ!
〔テチョ〕太郎、それはだね、お前の取り方が悪いのだ! 牛というのはだね、だましながら右から
オーオーオー、左からオーオーオーッ、としっかりして、こういう風に取るものなのよ!
太郎、今度は取って来い! |
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牛の捕まえ方を教えられ、太郎は、再度捕まえに行きます。 |
〔テチョ〕太郎〜太郎〜、牛を引いて来い〜 |
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ところが今度は、焼酎瓶をぶら下げて戻ってきます。 |
〔太 郎〕テチョ、こーら、こーら
〔テチョ〕太郎、お前、それは何か! |
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お千代後家に酒盛の焼酎をもらった、この辺で休憩にしようと、太郎はテチョを誘います。 |
〔太 郎〕テチョ、これはな、お千代後家が、疲れるだろうと言って、
さかむけ(旅疲れをいやす酒宴)をくれたお(よ)、
ここあたいで、タバコあがいどんすいが(この辺で、タバコ休憩にしようか)
〔テチョ〕それは良いなー |
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テチョは、もうすっかり、太郎のペースです! |
〔太 郎〕テチョ、飲んみゃい(飲みなさい)
〔テチョ〕太郎、こやうんまか!(これはうまい!)
〔太 郎〕テチョ、まーいっぺ飲んみゃい(もう一杯飲みなさい) |
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太郎は、ちょっと待ってと、懐(ふところ)からワイングラスを取り出します。 |
〔テチョ〕太郎、おまい(お前)も飲め!
〔太 郎〕テチョ、ちょっと待っちゃい(ちょっと待って) |
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太郎は、美味そうにワイングラスで焼酎を飲みます。 |
〔太 郎〕あぁ〜、まろやかじゃ〜、あぁ〜うんまか〜(あぁ、美味い〜)
〔テチョ〕太郎、おまえがたぁ、そがしぃ入らい(お前ののには、たくさん入るな〜) |
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太郎は、明けれも暮れても、お千代後家と太鼓三味線で・・・と、しゃべります。
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〔太 郎〕テチョ、んだらんなあ(俺なんか)、明けてん暮れてん、
お千代後家と、てこしゃんせん(太鼓三味線)でやっとっとじらお(やっていたんだよ)!
〔テチョ〕太郎、だから、お前は牛を取って来ないのだな! |
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今度は牛を取ってくると、太郎は立ち上がります。 |
〔太 郎〕うんにゃ(いや)テチョ、こんだ(今度は)取ってくらお(取って来るからな)
〔テチョ〕太郎、今度は取って来いよ
〔太 郎〕テチョ、こんだ取って来っでな(今度は、取って来るからな) |
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太郎は、『女房をなかなかもらってくれない!』、とテチョに小言を言います。 |
〔太 郎〕テチョ、おまいのごた人つぁおらんでや(お前のような人はいない)。
今度ん彼岸にはうっかた(女房)を持たす、またの彼岸にはうっかた(女房)を
持たすって(と言いながら)、このほどほどいなったこどん(この良い歳になった子供)の、
番狂わせて、なんちゅうこっけて(どういう事だろうか)、テチョ!
〔太 郎〕だけれども、テチョ、今度は牛しょ取ってくらお(今度は牛を取ってくるよ)、なあテチョ |
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太郎がやっと牛を連れていました。 |
あれやこれやと口実を言いながら牛を連れて来ずにいた太郎がやっと牛を連れてきました。しかし、牛は暴れ牛、テチョが鼻を取り、太郎が馬鍬(まぐわ)を持ちますが、難儀します。 |
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しかし、牛は暴れ牛です。 |
牛は、テチョのハナトイザオ(鼻取り竿)と太郎の持つ馬鍬を振り切り、観客の間を飛ぶように走り回り、境内の裏山まで逃げていきます。 |
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暴れ牛をなだめながら、代掻きが進みます。 |
暴れ回るのに疲れた牛はようやく仕事をする気になりました。やる気になれば、もともと実力を発揮する牛と太郎であります。境内を田んぼに見立てて代掻きは順調に進みます。 |
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田ならしが終ると、祝詞が上げれられます。衣装をかむってヨメジョ(嫁女)に扮した太郎が産気づきます。 |
この『太郎太郎踊り』の行事は、踊りというよりむしろ、田打ちをモチーフにしたコミカルな寸劇で、田仕事ぶりと出産風景が喜劇風に演じられます。田ならしの終わった田んぼに嫁が石を産み落とした後に、『太郎太郎踊りの唄』が唄われますが、生産・繁栄の象徴である女性の出産を真似、その年の豊作と安産を祈願したものです。 |
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ヨメジョ(嫁女)は丸々として女の子を産みました。 |
〔テチョ〕こら良か女ん子が産んまれた。テチョ、良か女ん子が産んまれたが、名はなんてつけじゃろかい
〔オンジョ〕五月なかべ(五月中旬に)産んまれたっじゃっで、米侍女(よねまつじょ)ってつくわい
〔テチョ〕そや良か名じゃ、そや良か名じゃ米侍女、米侍女 |
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テチョが、『高江太郎太郎踊りの唄』を披露します。〔BGMをONにすれば唄が聴けます↑〕 |
高江太郎太郎踊りの唄 |
一.高江名所は 白浜堤防と長崎堤防(どて)よ〜
前は柳山 広潟田んぼ
高江三千石 高江三千石 あの火の地獄〜
二.川内名所は 新田の八幡 太平橋よ〜
前は清水丘 鯉料理
笹野やボンタン漬け 寺の衆路では くずまんじゅう〜 |
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最後は、神官が田舟に入れた籾(もみ)を蒔(ま)いて、お開きとなります。 |
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太郎太郎踊りのセリフや唄は、デジタルレコーダで録音したのですが、聞き取れないところや意味の分からないところがあったので、後日高江の峰山地区コミュニティセンターを訪ねました。太郎太郎踊り保存会の会長で、テチョ(父)役を演じられた池上透さん(87)にわざわざおいで頂き、いろいろ教えて頂きました。池上さん、ありがとうございました。高江は、川内川河口に田んぼが広がる穀倉地帯ですが、唄に”あの火の地獄”とありますように、かつては洪水に悩まされた不作地帯でした。第19代藩主島津光久の命を受けた小野仙右衛門は大規模な干拓工事に着手し、約8年の歳月を費やして貞享4年(1687年)に長崎堤防を竣工させました。鋸の歯形をした独特な堤防を今も見ることができます(長崎堤防については別途報告する予定です)。 |
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