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旅行記 ・北野異人館街 − 兵庫県神戸市  2010.12
北野異人館街
(国の重要伝統的建造物群保存地区)
風見鶏の館(旧トーマス住宅)(写真上)
猫と少女(北野町広場)(写真上)
風見鶏の館を正面から見上げる広場が『北野町広場』です。観光案内所や市民トイレ、食事処の入ったビルがある。広場からは神戸市街地が眺められることができます。『デンマーク館』は、北欧デンマークの歴史や文化を紹介しているテーマ館です。
『風見鶏の館』(旧トーマス住宅)は、1910年(明治42年)に、ドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏が自邸として建てた建物。北野・山本地区に現存する異人館の中で、レンガの外壁の建物としては唯一のもので、尖塔の『風見鶏』は、北野異人館のシンボル的存在になっています。 国指定重要文化財。
デンマーク館(写真上)
北野天満宮神社入口(写真上)
カフェテラス・『ティファニーの休日』(写真上)
『うろこの館』は、神戸で最初に公開された異人館で、国指定登録文化財。外国人向けの高級借家として建てられたもので、外壁の天然スレート石の形状が魚のうろこに見えることからこの名で親しまれています。西隣には美術館が建設されています。庭園にある猪のブロンズ像は、鼻をなでると幸せになると言い伝えられています。
北野坂を登りきった突き当たりにあるのが『北野天満神社』。治承4年(1180年)に、平清盛が都を京都から神戸・福原に遷したとき、京都から北野天満宮を勧請したのが北野天満神社であり、祀られているのは、学問の神様・菅原道真公です。830年の歴史があり、『北野』『北野坂』という地名も、この北野天満神社に由来しています。
猪のブロンズ像(うろこの家)(写真上)
うろこの家(右)と美術館(左)
山手八号館(写真上)
神戸港開港時代の居留者の社交場が再現されています。暖炉はフランスのブルボン王朝時代に貴族が使っていたもので、レリーフが施された豪華なものです。欧風庭園には、瀟洒なミニチャペルが建ち、19世紀の荘園馬車の模型などが置かれています。
『山手八番館』は、大正時代、サンセン氏の自邸として建設されもので『旧サンセン邸』とも呼ばれます。チューダー様式の塔屋が3棟連結する個性的な外観です。『北野外人倶楽部』は、明治後期に築造の旧フリューガ邸。コロニアルスタイルの建物に、
北野外人倶楽部(写真上下)
北野外人倶楽部(写真上)
プラトン装飾美術館(イタリア館)(写真上)
『神戸北野美術館』は、旧米国領事館の官舎を修復し、美術品を常設展示する美術館として1996年(平成8年)に開館しました。館内には、兵庫県出身のイラストレーターで絵本作家・永田萌さんの原画作品を中心に展示されています。
『プラトン装飾美術館(イタリア館)』は、大正の初期に建てられた歴史的伝統建造物で、イタリアを中心に、18〜19世紀の絵画、彫刻、家具、調度品などヨーロッパの装飾性の高い美術品が展示されています。
神戸北野美術館(写真上)
ラインの館(写真上)
神戸北野サッスーン邸(写真上)
『神戸北野サッスーン邸』は、1892年(明治25年)に建てられた木造二階建て寄棟造りの異人館。名称は、神戸の発展につくしたシリア人の貿易商サッスーン氏が居住していたことに由来しています。優雅な外観と緑と花にあふれた邸宅ガーデンが自慢。今は非公開の伝統的建造物となっていて、チャペル挙式、ガーデン挙式ができる結婚式場となっています。
『ラインの館』は、1915年(大正4年)に建てられた旧ドレウェル邸。木造2階建下見板張りオイルペンキ塗りで、開放されたベランダ、ベイ・ウィンドー、よろい戸など、明治時代の異人館様式を受け継いだ建物です。『ラインの館』という名称は市民の愛称募集で入選した名前で、下見板の横線(ライン)が美しいことに由来しているそうです。
神戸北野サッスーン邸(写真上)
北野通り 〜 神戸北野迎賓館(手前)と旧パナマ館(写真上)
輸入小物ショップ・『EUROKO』 にて(写真上)
『旧パナマ領事館』は、明治時代後期にヒルトン氏の自邸として建設され、戦後パナマ領事館として使用された公開異人館。北野通りに面する高い石垣の上に建っており、白亜の壁に緑の桟が鮮やかな外観は意匠や色使いが現代的です。館内はパナマ領事館当時が再現されており、マヤやアンデスの土器・土偶等が随所に展示されています。
三宮駅から北野坂を上りつめると、直交して走る大通りが北野通りです。右折すると、左手に『旧パナマが面し、右手には『英国館』『仏蘭西館』『ベンの家』が建ち並びます。シティー・ループバスの北野異人館バス停近くから石段を上るとすぐに『ラインの館』『神戸北野美術館』。そして石段からさらに、おらんだ坂を上りつめると『うろこの家』や『北野外人倶楽部』に至ります。
神戸北野迎賓館にて(写真上)
北野通り 〜 EUROKO(左手前)と旧パナマ館(中央)と神戸北野迎賓館(手前)と旧パナマ館(写真上)
 
 北野異人館街
1858年(安政5年)の日米修好通商条約にともない、1868年(慶応3年)に神戸港が開港されると約27haの外国人居留地が港近く(現在の神戸市役所西側一帯)に建設されました。1887年(明治20年)以降になると、経済的にも安定してきた居留者たちは、住居を見晴らしの良い山手方面へ移すようになり、北野村が新しい住宅地として開発されていきました。それまでの居留地の建物が商館・店舗・倉庫やホテルなど多様で職住兼用が多かったのと違い、北野町の洋館は専用住居として建てられました。そのため、部屋の配置では、家族の憩う場所や寝室などに心配りが見られます。当時100棟以上あった異人館も戦火や都市計画、老朽化、災害等によって姿を消し、現在では20数軒が残るだけとなっています。しかし、それぞれの建物が個性的な姿を見せ、異国情緒豊かな当時の面影を今に伝えています。北野町は、1980年(昭和55年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました(参考:『KING of KINGS』の異人館パンフレット)。
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