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旅行記 ・釜蓋神社(射楯兵主神社)― 南九州市頴娃町 2020.12
かまふたじんじゃ(いたてつわものぬしじんじゃ)
釜蓋神社(射楯兵主神社)
釜蓋神社(射楯兵主神社)
開聞岳(指宿市開聞十町)の麓から
国道226号を枕崎方面へ10数キロメートル走れば、薩摩半島の南端の
入り江の岩礁が突き出た所(南九州市頴娃町別府)に、
境内から開聞岳を望む
鎮座するのが
釜蓋神社(かまぶたじんじゃ)、正式名称を射楯兵主神社(いたてつわものぬしじんじゃ)といいます。
小さい神社なのに、県内のみならず県外から参拝者が絶えません。
釜蓋神社・正面
有名なスポーツ選手や芸能人も
多く訪れ、今やいわゆるパワースポットになっています。そんな人気の理由は、
古くから武(武士道・勝負)の神様として畏敬されていたことに加え、
『釜蓋願掛け』参拝
 釜の蓋を頭に乗せて落とさずに
鳥居から拝殿まで行くことができたら願いが叶うというユニークな『釜蓋願掛け』参拝方法や
素焼きの釜蓋(小さなレプリカ)を投げる『釜蓋投げ』参拝方法にあります。
『釜蓋願掛け』参拝
神社の由来書きに以下のようにあります。
〜 竈蓋(釜蓋)神社(かまふたじんじゃ)の別名がある。祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)に
なっており、高さ三十センチメートルの石体が御身体となっている。
 たくさんの釜蓋
早馬(はやま)神社(松永)・戸柱(とばしら)神社の合祀。
武の神で有名。1716年(享保元年)に社殿が焼けて、次の年、これを造りかえた。この神社の起こりは、
天智天皇と大宮姫が御領の安東実重(あんどうさねしげ)中将を訪ね、
 
釜蓋とおみくじ納め所
その接待のため何十石という米を蒸(も)しているとき
突風が吹き、その釜蓋が吹き飛ばされ大川浦(現在地)に落ちた。土地の人々は、この釜蓋を拾い、
神として祀り、名づけて竈蓋大明神(かまふただいみょうじん)といった。
絵馬掛所
これに素盞嗚尊を配祀(はいし)して、
現在は射楯兵主神社(いたてつわものぬしじんじゃ)という。これが竈蓋神社の起こりと
いわれるが、この神社は、開門神社(ひらききじんじゃ)の末(すえ)で、
『釜蓋投げ』
最も古くから神社があり、島津充久が寛文七年
(1667年)修復したという記録がある。戦時中は武の神様として仰がれ、窯蓋をかぶって参拝すると、
無事に帰ってこられるということで、多数の参拝客が訪れた。 〜 以上現地の説明板より。
釜蓋神社の絵馬
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