雑感  ・技術者のスタンス   
− 技術者のスタンス −
スタンス(stance)という言葉は、野球やゴルフでよく使います。球を打つ姿勢や足の位置のことを言います。ここでは、転じて物事に取り組む心や考え方の姿勢、身構えの意味です。


私たちは、科学や技術の恩恵を受けて生活しています。しかし、一方で、環境問題やエネルギー問題など科学や技術がもたらした負の側面の克服が大きな課題とされています。技術者もこのことに関して決して無関心であるわけではありませんが、この問題はとても広遠なテーマなので、ここでは、もっと日常的な問題として、技術者の技術に向き合うスタンスについて触れてみます。


機械技術に関わってきた経験から、技術者の端くれとして、いつも次のことを念頭に置いています。


(1)澄んだ目と純粋な心で状況を把握、すべてはそこから始まる。
(2)必ず原因がある。


機械や装置にトラブルや事故が起きます。怒られるな、立場がないな、評価が下がるな、実績に傷がつくな、損するな、など、プライドや立場、責任問題、そして損得勘定が先に立つのは人情です。しかし、技術的問題に対しては、そんな色眼鏡は外して、あくまで客観的な立場に立って、技術者としての澄んだ目と純粋な心で状況を直視しないことには、真実や問題の本質は見えてきません。


そうでないと、対応が遅れたり、誤った対応を取ってしまうことになりかねません。そして事態はより深刻になります。まず、状況把握が肝心です。責任問題などはその後に云々されるべき問題です。


トラブルや事故には、それを起こした原因が必ずあります。それは100%確かなことです。金属製の部品に穴が開いています。その穴に通して組み立てる金属製の軸があります。軸の寸法が穴の寸法より百分の一ミリメートル(1mmを100等分したうちの一つ)でも大きければ軸は穴に入りません。


「口八丁、手八丁」という言葉があります。この言葉は、技術には通用しません。穴の寸法より大きい軸は穴に入りません。だれが何と言おうと、入らないものは入らないのです。これが技術の厳しさであり、また救いです。穴と軸の間に、適正な隙間(すきま)を設けて設計する。部品を作る人は、設計図面通りに穴と軸を加工する。そうすれば、だれが何と言おうと穴は軸にきちっんとはまる。それが技術です。


情緒の入る寸分の隙(すき)もない技術。この冷たさ(厳しさ)と救いは、技術者だったらだれでもわかっていることです。それが、会社組織になると、その思い−技術屋の鉄則−がぼやけてしまうことって往々にしてあり得るかも知れません。営業が仕事を取ってこないことには、会社の経営がうまく行っていないことには、どんなに優れた技術も生かせないのは確かです。


だからと言って技術的問題に対処するのに、技術以外の、例えば営業や経営などの観点を優先させてよいと言うことにはなりません。技術的問題に対しては、あくまで技術的な判断を何より優先させなくてはなりません。口八丁、手八丁でその場を繕(つくろ)って一時を凌(しの)ぐ、あるいは、臭いものに蓋(ふた)をしてなんとかその場を乗り切る。それで済むほど技術は甘くありません。取り除かれない原因は、いつか必ず噴出して顕在化します。


今、M社のトラックのリコール隠しが大きな問題となっています。一昨日も佐賀県で10トントラックが左後輪付近から火を噴いて荷台部分を全焼しました。報道によると現在走っているM社のバスやトラック130万台のうち、実に三分の一以上に当たる45万台が一つ以上の欠陥を抱えながら走っていると言われます。また、同社の乗用車でも欠陥が見つかっています。大変な事態です。きちっんと対応できる人材も技術力も資金も、時間も十分にあったはずの大企業が、なぜこのような事態にたち至ったのでしょうか。技術者の一人として虚(うつ)ろな寂しさを感じずにはいられません。

 2004.06.23
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