レポート  ・ある写真家と室生寺   
 
ある写真家と室生寺
ある写真家とは昭和時代に活躍した写真家の土門拳(どもん・けん、1909〜1990年)さんです。リアリズムに徹した報道写真、日本の著名人や庶民などのポートレートやスナップ写真、寺院、仏像などの伝統文化財を撮影し、第二次世界大戦後の日本を代表する写真家の一人といわれます。
 
土門さんは、あらゆる演出的作為を排除した『絶対非演出の絶対スナップ』を基本とするリアリズム写真を主張しました。また、膨大な出費や労力をいとわず、何度も何度も撮影を重ねる完全主義者としても知られました。
 
たとえば、1967年に東大寺二月堂のお水取りを取材した際にも、自然光にこだわり、真夜中の撮影にもかかわらず一切人工照明を使わず、度重なる失敗にもめげずに撮影を成功させた逸話などが数多く残されているそうです。
 
女人高野・室生寺は、奈良県宇陀市のもうすぐ三重県との境という山岳地帯にあります。神戸にある大手鉄鋼メーカーに勤務時代に一度参詣したことがありますが、その記憶はほとんど薄れてしまっていました。その室生寺に2018年7月、連れ合いと40年振りに参詣しました。
 
近鉄大阪線を利用してまず長谷寺(奈良県桜井市)に参詣。7月のうだるような暑さは下車した駅から長谷寺までの1キロ余りの道のりの徒歩を辟易させました。そこで次に参詣する室生寺へは、駅に引き返えして電車を使うのをやめて、長谷寺の門前でタクシーを拾いました。室生寺までの所要時間は約25分。
 
さて、土門さんの代表作に『古寺巡礼』(美術出版社)があります。1950年代から1970年代にかけて、日本各地の古い寺院や仏像などを撮影した写真をまとめた、全五冊からなる写真集です。この代表作『古寺巡礼』の原点となったのが室生寺だといわれます。
 
昭和38(1963)年に第1集が刊行され、昭和40年に第2集、43年に第3集、46年に第4集、そして昭和50年の第5集刊行で完結しています。しかし、土門さんの古寺巡礼自体は、昭和14(1939)年に室生寺を初めて訪れ、その翌年に広隆寺と中宮寺の弥勒菩薩を撮ったところから始まり、昭和53年(1978年)3月、待望久しかった雪の室生寺の撮影で終わっています。
 
室生寺の入口となっている朱塗りの太鼓橋のたもとに『橋本屋』という明治四年創業の老舗旅館があります。この旅館は、瀬戸内寂聴さんや井上靖さん、五木寛之さんら著名な作家に利用されて来たそうですが、中でも土門さんが室生寺撮影ための常宿として愛用したことで知られています。
 
室生寺は『古寺巡礼』の原点となったばかりでなく、土門さんは、数え切れないほど室生寺に通い、室生寺の撮影はライフワークになったそうですが、土門さんが雪の室生寺に出逢えたのは、昭和53年(1978年)3月、初めて室生寺を訪れて以来、実に40年目のことでした。
 
その時の橋本屋の初代女将とのやりとりのエピソードが橋本屋の公式ホームページに紹介されています。3月12日、お水取りの日の朝、初代が玄関のカーテンをあけると、一面の雪景色だったそうです。従業員も土門さんが雪を待っていたことを知っており、皆で泣きました。
 
初代は早く知らせねばと寝間着のまま二階の土門さんの部屋にかけ込みました。「先生雪が降りましたよ」というと、土門さんは降りましたかと言いながら起き上がり、助手に窓をあけさせ、初代の手を握ってぽろぽろと涙を流したそうです。
 
土門さんが見たまだ薄暗い空間には、横なぐりに雪が降っていました。「ぼくの待っていた雪はさーっと一掃け、掃いたような春の雪であった」と土門さんの著作『女人高野室生寺』のあとがきにあるそうです。
 
【参考にしたサイト】
(1)土門拳氏に愛された橋本屋 - 室生の橋本屋(橋本屋公式ホームページ)
   → https://www.hashimotoya-uda.jp/domon/
(2)土門拳とその作品・古寺巡礼(土門拳記念館公式ホームページ)
   → http://www.domonken-kinenkan.jp/domonken/kojijunrei/
(3)絶対非演出、artscape(美術館・アート情報のWebマガジン)
   → https://artscape.jp/artword/index.php/絶対非演出
(4)土門拳 - Wikipedia
(5)旅行記 ・室生寺 − 奈良県宇陀市 2018.07
   → https://washimo-web.jp/Trip/Murouji/murouji.htm

  2020.09.16
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