コラム | ・夏の季語 〜 幽霊・百物語 |
− 夏の季語 〜 幽霊・百物語 −
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夏になるとテレビに怪談物や心霊物の番組が登場します。夏は自然、夜が更けるまで 誰もが起きているために、幽霊話などがいい取り合わせになるからでしょうか。はたまた、背筋も凍りそうな話を見聞きして涼を求めたいということでしょうか。 俳句では、現代俳句協会編の『現代俳句歳時記』が夏の季語として幽霊・百物語を採録しています。但し、幽霊や百物語を採録していない歳時記の方が多いのは、日本の幽霊につきまとう陰惨なイメージが嫌われ、すぐれた例句が少なかったことがいちばんの理由ではないかと思われます(1)。 百物語(ひゃくものがたり)は、日本の伝統的な怪談会のスタイルのひとつで、蝋燭(ろうそく)を百本立て、怖い話をする度に一本ずつ消していくと、最後の一本が消えた時、本物の幽霊が出るというわけです。起源は不明ですが、主君に近侍して話し相手を務めた中世の御伽衆(おとぎしゅう)に由来するとも、武家の肝試しに始まったともいわれています。 江戸時代の伝統的な百物語の方法にはいくつかのルールがあったようです。例えば、新月の夜に数人以上のグループで行う。参加者が集まる部屋は無灯。その隣の部屋も無灯。いちばん奥まった部屋に 100本の灯心を備えた行灯(あんどん)を置き、行灯には青い紙を張る。 参加者は青い衣をまとい怪談を1話かたり終えたら、手探りで隣の部屋を通って行灯のある部屋に行って灯心を1本引き抜いて消す。語られる怪談は、現在でいう幽霊や妖怪が登場する怪談ではなく、いわゆる不思議話・因縁話などでよいなど(2)。 さて、幽霊話は日本だけに限らず外国にもあるわけですが、例えばドラキュラやフランケンシュタイン、狼男といった外国の怪物は、日本の幽霊ほどは恐ろしいとは感じません。日本の幽霊は何が怖いかというと、足がなく、足元がフワッとしていることです。幽霊に足がないのは日本だけで、海外ではどこの国の幽霊も足があります。 しかし、日本の幽霊も昔から足がなかったわけではありません。例えば、能の『船弁慶』で登場する平知盛の幽霊にはちゃんと立派な足がついています。日本の幽霊から足がなくなったのは、江戸時代の後半の1810年頃からだそうです。 歌舞伎役者の初代・尾上 松緑(おのえ しょうろく、1744 〜 1815年)は、怪談を演じるにあたり、何か凄みのある演出はないものかと考えた末、幽霊の足を隠して、人魂と一緒に登場する手法を思いつきました。それを演じてみると、これは恐ろしいと評判になり、画期的な成功をおさめました。『幽霊の元祖』といわれる尾上松緑以来、日本の幽霊には足がなくなったのです。 幽霊も鬱なるか傘さして立つ 高柳重信 髪濡れて百物語に加はりぬ 島 紅子 【参考にしたサイト】 (1)季語の背景(12・幽霊)−超弩級季語探究 小林 夏冬(現代俳句協会ブログ) → http://gendaihaiku.blogspot.jp/2011/05/12.html (2)百物語 - Wikipedia → https://ja.wikipedia.org/wiki/百物語 |
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