コラム | ・ 推敲(すいこう) |
− 推敲(すいこう) − |
推敲とは、詩や文章を作るとき、字句や表現をより適切にするために、よく吟味し練り直することを言います。これは、中国・唐王朝時代(7〜9世紀)の故事に由来する成語です(典故は『唐詩紀事』巻40)。 中国唐代の詩人・賈島(かとう)は、科挙(かきょ)と呼ばれる官僚登用試験を受けるために、都・長安に赴(おもむ)きました。あるとき、驢馬(ろば)に乗りながら詩を作っていると、『僧は推(お)す月下の門』という句を思いつきますが、『推す』を『敲(たた)く』にしたらどうだろうかと迷っていると、当時の長安の長官の行列にぶつかってしまいました。 長官はそれをとがめず、ぶつかった訳をたずねます。そして、『敲く』にする方がいいと言います。その長官こそが高名な儒者・文人の韓愈(かんゆ)だったのです。こうして二人の詩人の厚い交友が始まったのでした。推敲は、この故事に因みます。 さて、つぎの俳句は、学校の教科書にも出てくる松尾芭蕉の有名な句ですね。元禄2年5月27日(1689年7月13日)に、山形県山形市にある立石寺(りっしゃくじ、通称を山寺)に参詣した際に詠んだ句で、『奥の細道』(元禄15年(1702年)刊)に収録されています。 閑(しづか)さや岩にしみ入る蝉の声 俳聖・松尾芭蕉のことだから、閃(ひらめ)いた瞬間、さっと出来あがったものだとばかり思っていたのですが、俳人・小島健さんの著書『いまさら聞けない俳句の基本Q&A』(飯塚書店、2008年8月第一刷発行)を読んで、推敲に推敲を重ねて出来上がった句だったことを知ったのでした。 随伴した河合曾良(そら)が記した『随行日記』では『山寺や石にしみつく蝉の声』となっており、つぎの推敲過程を経て成案が得られたのだそうです。 初案 山寺や石にしみつく蝉の声 再案 さびしさや岩にしみ込む蝉の声 成案 閑さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉 小島先生のコメントを引用させて頂くと、同著書につぎのようにあります。 〜 初案の上五『山寺』では、場所の設定にとどまり、思いが不足しましょうか。かといって、再案の『さびしさ』では感情が生に出てしまい、主観が強すぎます。成案の『閑さ』の客観語に至って、初めて清閑の趣が得られました。 〜 俳聖においてさえ推敲に推敲を重ねて成案が得られる。いわんや凡人においておや。 |
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