レポート  ・Dr.コトー診療所 瀬戸上健二郎医師   
 
− Dr.コトー診療所 瀬戸上健二郎医師 −
1978年(昭和53年)、医師不足の島からの強い要請により半年という期間限定で赴任のはずが、あと半年、もう1年・・・、という間に37年。人気漫画でテレビドラマにもなった『Dr.コトー診療所』のモデルとして知られる鹿児島県薩摩川内市・下甑島の瀬戸上健二郎医師(74)が、退任から一転続投へ。
 
 Dr.コトー診療所
 
山田貴敏による漫画。2000年から『週刊ヤングサンデー』(小学館)で連載を開始。五島健助は優秀な医師で、東京の大学附属病院に勤めていたが、とある理由から離島の古志木島の診療所に赴任する。島は3ヶ月の間無医村状態で、過去に良い医師が来たことがなかったからか、あまり歓迎されなかった。
 
また、4ヶ月前から来ていた看護師の星野彩佳から、診療所に来る患者は少なく、来ても応急処置だけを受けた後、船で6時間かけて本土の病院へ行くことを聞かされる。実際になかなか患者が来ない中、島に来るときに運んでもらった漁師・原剛利の息子が最初の患者となり、これを見事な手術で助ける。原は、お礼として診療所に看板を贈るが、名前を間違えられていて、看板は『Dr.コトー診療所』となっていた。(Dr.コトー診療所−Wikipediaより転載)
 
 
瀬戸上健二郎医師
 
鹿児島県肝属郡東串良出身。鹿児島大学医学部卒。同大付属病院に勤務後、1972年から国立療養所南九州病院で外科医長を務める。開業するために国立病院をやめたとき下甑村(現、薩摩川内市下甑町)から『半年だけでもきてほしい』と頼まれ、手打診療所所長に赴任。
 
それから37年間、離島医療につくす。専門は胸部外科で、肺ガンなどの離手術も手打診療所で成功させ、専門外の内科から産婦人科、獣医まで、幅広い分野を一手にこなしてきた。診診連携、医療連携、医大研修生の受け入れなどにも尽力。第25回医療功労賞・中央表彰、平成12年(2000年)度藍綬褒章を受章。
 
その瀬戸上医師が、本年(2015年)度末で市職員の任期が切れるため手打診療所長を退任することになり、市は後継者が見つからないため、現在は島内に3カ所ある診療所を1カ所に集約し、医師2人が常駐し、出張などで島全体をカバーすることにしていました。
 
しかし、診療所の継続や瀬戸上医師の続投を望む声が強く、署名や嘆願書が出され、市が続投を要請。了解が得られたため、引き続き1年更新の任期付き職員として働かれることになりました。
 
 Dr.コトー(下甑・瀬戸上医師)一転続投へ(南日本新聞より)
             → http://washimo-web.jp/Report/DrKotoh.jpg
 
【参考サイト】
(1)Dr.コトー診療所−Wikipedia
(2)気づけば33年 今日も行く - 朝日新聞デジタル(2011年3月8日)
 


  2015.12.09
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