レポート  ・入来文書(いりきもんじょ)   
 
入来文書(いりきもんじょ)
 「入来文書」をご存知じでしょうか? その名前を知っている人でも、「入来文書」とは、入来院家(現鹿児島県薩摩川内市入来町)の古文書を指すのだと思われているのではないでしょうか。
 
実際は、イェール大学の故朝河貫一博士が、昭和4年に発表した比較法制史の論文「The Documents of Iriki」のことを「入来文書」といいます(入来院貞子著「貞子の語る入来文書」より要約)。
 
福島県二本松市出身で、日本人で初めてイェール大学( Yale University、アメリカ合衆国のコネチカット州ニューヘイブン市に本部を置く、1701年創設の私立大学)の正教授となった朝河貫一博士(1873年〜1948年)は、イェール大学から日本に留学していた1919年(大正8年)、九州を廻って調査していた時、鹿児島の一山村入来村で500年以上保存されていた入来院家の古文書を発見した。
 
それは、朝河博士の求めていた資料、多様で長期間に亙るものである、大きすぎない領土、継続した家系、この3つの条件を満たすものだった(1)。 朝河博士はそれを基に9年間研究して、1929年(昭和4年)に論文を完成。
 
論文は、イェール大学とオックスフォード大学より「The Documents of Iriki」として発行された。それが「入来文書」である。すなわち、朝河博士は、英訳した入来院家の古文書を資料として論文に添付したが、それが「入来文書」ではなく、入来院家の古文書に詳細な注釈を加えるかたちで日欧封建制比較を試みた、朝河博士の論文「The Documents of Iriki」そのものを「入来文書」という。
 
簡単にいうと、「入来文書」は、入来院家の古文書を史料に選び出し、ヨーロッパと日本の封建制度の違いを述べつつ、西洋の研究者が容易に利用できるように翻訳し、説明を加え、制度的話題のいくつかを要約して述べたもの、といえる(1)。
 
2005年(平成17年)、横浜市立大学名誉教授矢吹晋氏が初めてこの膨大な論文を邦訳、出版されました。彼は福島県の朝河博士の出身校・現安積高校の後輩であり、朝河貫一顕彰協会の役員でもあります。
 
中国経済がご専門ですのに、誰もなし為し得なかった快挙をなさいました。私貞子がこれから語ろうとしている話し(著書:貞子の語る入来文書)は、殆どこの邦訳の「入来文書」に基づいています(入来院貞子・著「貞子の語る入来文書」より転載)。
 
朝河貫一博士(1873年 〜 1948年)
 □The Documents of Iriki ― 入来文書
   朝河 貫一・著/矢吹 晋・訳、柏書房(2005年8月発売)
 □貞子の語る入来文書、入来院貞子 ・著、高城書房出版(2012年5月発売)

  2022.06.29
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