雑感  ・パンとサーカス 〜 フランスの雇用問題について思う   
− パンとサーカス 〜 フランスの雇用問題について思う −
無料のパンを求めて、ローマ市民は大土地所有者や政治家の門前に群がった。大土地所有者や政治家は、支持と人気を得るために市民一人一人にパンを与えた。
 
働かないで無料のパンを得る方法を覚えた市民たちは、次は、もて余した時間の退屈しのぎにサーカスを求めた。ここでもまた、政治家たちは点数稼ぎに巨大な競技場を作って、競技や見世物を行なって見せた。
 
こうしてローマの市民たちは、無料のパンとサーカスの配給を受け、繁栄と福祉を楽しんだ。しかし、『ただほど高いものはない』。このときすでに、ローマ帝国の没落が確実に始まっていたのである。〜 
竹内均著「修身のすすめ」(1985年、講談文庫)より
     
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今年(2006年)4月2日、フランス政府は、『26歳未満の若年労働者について、最初の雇用から2年以内であれば、理由なく解雇できる』ことを認めたCPE(初期雇用契約)を公布したものの、学生組織や労働組合の大規模なデモに会い、撤回せざるを得なかったことは記憶に新しいところです。
 
フランスは終身雇用の国です。しかも、正規社員の権利は、CDIと呼ばれる無期限労働契約でしっかり守られています。会社にいったん雇用されると、何か不祥事を起こすとか、会社が極端な経営難に陥った場合を除き、65歳の定年まで解雇されることはまずありません。加えて、1ヶ月近い長期のバカンス休暇を取ることは当たり前のことで、それを理由に解雇される心配もありません。
 
どうしても従業員を解雇したいときには、従業員代表への諮問、労働監督官の許可取得、高額の解雇補償手当ての支給、再就職のための職業訓練費用の負担など、法律で定められた厳しくかつ煩わしい規定をクリアする必要があるのです。
 
従って、経営者は、CDI締結を伴う正規社員の新規雇用には極めて慎重にならざるを得ません。すなわち、雇用することも解雇することも容易にはできないのです。そんな中で、景気が後退して雇用過剰になると、一人一人の労働時間を削り、賃金を減らすことで雇用を分かち合う『ワークシェアリング』が行われてきました。
 
そして、フランスが取ったもう一つの雇用調整政策が移民系労働者の受け入れでした。1950年から60年代にかけての高度成長期に、『きつい、汚い、危険』のいわゆる3K労働に従事させたのが、チュニジアやアルジェリアなど北アフリカから受け入れた移民系労働者でした。
 
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同化・統合政策として行なわれた移民系労働者の受け入れでしたが、実際はそうはならず、移民系労働者は、都市、とりわけパリとリヨン郊外の移民用の高層住宅団地に収容・隔離され、ゲットー化現象を生み出すことになりました。
 
フランスの平均失業率が10%だと言われるのに対して、若者の失業率が22%、『郊外の若者』と呼ばれる移民系若者の失業率に至っては、45%だと言われます。郊外の若者の実に半数近くが失業中にあるわけです。今回のデモも、もともとは昨年10月から11月に起きた郊外の若者の暴動に端を発していると言われます。
 
そのような中で、若者の雇用流動化を図って雇用拡大を実現しようとしたのがCPE(初期雇用契約)でしたが、郊外の若者も、低学歴の若者も、高学歴の若者も『26歳未満の若者』という一括りで線引きされて、一番割を食うのは、卒業と同時に正規雇用されてしかるべきだと考えている高学歴の若者だったでしょう。学生組織を中心としたデモとして拡大して行ったのは、その辺に本音があってのことでしょう。
 
政府が打ち出したCPE(初期雇用契約)の狙いは、若者の雇用流動化が達成された暁には、雇用の流動化に対して根本的な障害となっているCDI(無期限労働契約)そのものに手をつけることでした。しかし、国民はその魂胆(こんたん)を見抜いていて、NOを突きつけました。学生組織だけでなく、フランス全労働者のデモとして拡大して行ったのです。
 
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『パンとサーカス』に対する要求、それは現代風に言えば、市民権の名のもとにおいて救済と保証を求める『シビル・ミニマム』に対する要求に他なりません。
 
CPE(初期雇用契約)を打ち出したフランス政府が正しかったのか、CPEを阻止した学生らが正しかったのか、その答えは、フランスが雇用のパイ(雇用の総枠)を広げて、国民の『パンとサーカス』に対する要求に応えて行くだけの経済成長を達成し持続できるかどうか次第です。
 
しかし、経済成長を遂げるには、押し寄せるグローバル化と市場原理の波は、否応なしに柔軟な雇用政策を要求します。ここに、フランスのジレンマと苦悩がありますが、雇用問題、とりわけ若年者の雇用問題、そして『パンとサーカス』に対する要求の問題は、先進国における普遍的な問題であり、わが国とて例外ではありません。福祉と負担。この秋、わが国の新しい政権が発足します。
 
【用語】
ゲットー 〔ghetto〕=特定の人種や社会集団の居住する区域。
シビル・ミニマム〔和製英語 civil+minimum〕=自治体が住民の生活のために保障しなければならないとされる、低限度の生活環境基準。
 
【参考にしたサイト】
フランス雇用紛争の背景
じょんのび Blog: フランス雑感
森永卓郎:フランス新雇用策はなぜ撤回されたか - nikkeibp.jp - 企業・経営
 

2006.08.06  
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