レポート  ・ エントロピー増大の法則  −エントロピーの話し(1)−   
エネルギーの量と質 −エントロピーの話し(2)

第2回の今回は、「お湯を水に混ぜる実験」と「熱量から仕事を取り出す実験」を通して、エントロピーとエントロピー増大の法則について理解し、エネルギーの量と質について考えます。

数式や数値が出てきますが、じっくりとご覧頂ければ分かって頂けると思います。Webページで参考図が見れるように、リンクをはってありますのでご覧下さい。数式や数値が理解しづらい場合は、パスして頂ければ結構です。数式や数値が出てくるのは今回限りです。

先ず、予備知識として「熱量」「摂氏温度と絶対温度」について確認しておきます。

〔熱量〕水1gの容積は1ccです。水1gの温度を1℃だけ上げるのに必要な熱量が1cal(カロリー)です。例えば、25℃の水50gを75℃まで上げるためには、50g×(75℃−25℃)=2500cal の熱量が必要です。

〔摂氏温度と絶対温度〕私たちが日常使っている温度は、摂氏(せっし)温度(℃)と呼ばれている温度です。水が氷る温度を0℃、水が沸騰する温度を100℃と決めています。物質の分子や原子は温度が高いほど動きが活発になります。分子や原子は、−273℃になるとまったく動かなくなります。この温度を絶対温度の0度としています。絶対温度の単位は、Kでケルビンと呼びます。絶対温度は、摂氏温度に 273 を加えた値です。例えば、25℃、30℃、75℃を絶対温度で表せば、それぞれ 298K、303K、348Kです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆お湯を水に混ぜる実験
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
25℃の水50gが入った容器Aと25℃の水450gが入った容器Bがあります。大気の温度も25℃で、容器A、容器Bの水、大気の温度は皆同じで、平衡な状態にあります(参考図1)。
・参考図1を見る。 
 → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

この状態で、容器Aの水を75℃まで温めます。容器Aの水は、2500calの熱量が与えられたことになります(参考図2)。

次に、容器Aのお湯を全部容器Bに注ぎ込んでみましょう。容器Aのお湯が持っていた2500calの熱量は容器Bに移って、容器Bに入っていた水を温めます。さて、容器Bの水の温度は何度になるでしょうか? 

この問題は、お湯と水を混ぜる前と後のエネルギー(熱量)の総和は一定で、変わることがないという「エネルギー保存の法則」を適用して温度を求める中学校理科の代表的な問題です。本実験の場合、容器Bの水500g は、温度が 30℃ のぬるま湯になります(参考図3)。
・参考図2〜3を見る。 
 → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

さて、お湯と水を混ぜる前と後で、エントロピーはどのように変化したでしょうか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆エントロピーの定義
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
温度Tの系に、微小の熱量dQが流れ込んだとします。そのときのエントロピーの変化量dSは、〔流れ込んだ熱量dQ〕を〔系の温度T〕で割った値です。すなわち、つぎの式(2)で定義されます。温度Tは、絶対温度を使います(参考図4)。
・参考図4を見る。 
 → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

(※注)ここで、dQおよびdSは、記号と思って下さい。それぞれ、デルタキュー、デルタエスと読みます。

       ┌―――――┐
 微小の熱量 │ 温度T │       dQ
   dQ →→→    │    dS=―――― ・・・・式(2)
       │     │        T
       └―――――┘
    (熱量が流れ込む系)
              図1 エントロピーの定義

熱量は、温度の低い方へ低い方へと流れ込んで行きます。式(2)で、系の温度Tが分母にきているので、熱量dQが温度の低い方へ低い方へと流れ込むと(分母の温度Tの値がだんだん小さくなると)、そのたびにエントロピーの変化量dSは、増加することになります。

では、お湯を水に混ぜる実験でエントロピーの変化量は、混ぜる前と後で具体的にどう変わるか計算してみましょう。お湯を水に混ぜる過程で、お湯の温度も水の温度も、刻々変わっていくので、単純に式(2)をそのまま使うことはできず、積分という数学の計算を使う必要があります(参考図5)。
・参考図5を見る。 
 → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

ここでは、その計算結果のみを示すことにします。

〔1〕容器Aのエントロピーの変化量
温度75℃のお湯50gが温度30℃のぬるま湯に変化したときのエントロピーの変化量Sa
     Sa=−6.925 cal/K

〔2〕容器Bのエントロピーの変化量
温度25℃の水450gが温度30℃のぬるま湯に変化したときのエントロピーの変化量Sb
     Sb=7.4100 cal/K

従って、全体のエントロピーの変化量Sは
     S=Sa + Sb=−6.925 + 7.4100 =0.545cal/K

すなわち、お湯を水に混ぜると、エントロピーが増加することがわかります。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆熱量から仕事を取り出す実験
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エントロピーが増大すれば、どんな不都合が起きるのでしょうか? エントロピーが増大すれば、エネルギーの質が低下するのです。

熱量から仕事(力を加えて物を動かす働き)を取り出す実験を行ってみましょう。注射器の先端に中空の球を取り付けたものを準備します。その中に温度25℃の空気を入れて栓(せん)をします(参考図6)。
・参考図6を見る。
  → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

その注射器の球状部を容器Aの75℃のお湯の中に浸します。球状内部の空気は暖められて熱膨張し、ピストンを押し上げます。すなわち、仕事を取り出すことができます。一方、容器Bの30℃のぬるま湯の中に浸した場合は、球状内部の空気の熱膨張がごくわずかなため、ほとんど仕事を取り出すことができません。

エネルギーの『仕事をする潜在能力』のことをポテンシャル(potential)と言います。容器Aの熱量はポテンシャルが高く、容器Bの熱量はポテンシャルが低いということになります。

容器Bのぬるま湯から仕事を取り出せないのは、30℃という温度の低さのせいではありません。水と注射器の中の空気の『温度差』が小さいことに原因があるのです。気温が−20℃の空気を注射器で吸入して実験をすれば、容器Bの30℃のぬるま湯からも容器Aの場合と同じ量の仕事を取り出すことができます(参考図7)。(しかし、実際には、気温−20℃の大気を実現すること自体が難しいです。)
・参考図7を見る。
  → http://www.washimo.jp/Information/entropy/entropy1.htm

ポテンシャルを生み出しているのは、『2つの熱源の温度差』であることがわかります。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆エネルギーの量と質
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ガソリンを燃やして車を走らせます。そのときガソリンのエネルギーは、排気ガスや摩擦熱となって放散され、大気中に保存されます。石油を原料にしてプラスチック容器を作ります。石油のエネルギーの一部は、今はゴミとなったプラスチック容器の中に保存されています。

しかし、大気中の温度の低い熱量やプラスチック容器の中のエネルギーから仕事を取り出すことはできません。「エネルギー保存の法則」によって、エネルギーの量は保存され、その総和は減ることはありませが、「エントロピー増大の法則」によって、エネルギーの質は絶えず低級化して行くのです。

『私たちは、エネルギーそれ自体を消費して減らしているのではなく、ポテンシャルを消費して、エネルギーの質を低級化させている』。これが、エネルギーを消費するということの本質なのです。だから、ゴミの山ができ、排気は限りなく大気を温め続けています。これが、「エントロピー増大の法則」の意味するところであり、枯渇しようとしているのは、エネルギーそのものではなく、エネルギーのポテンシャルなの
です。

  〔環境問題への取り組み〕
   自然エネルギ        バイオマス
   (太陽・風力・水力)   (再生可能な、生物由来の有機性資源)
     ↑            ↑ →→ 食料
     ↑            ↑
  ------↑------------------------↑------------------------------------
   (1)太陽エネルギー → (2)植物の果実や動物の肉  
           (3)動植物の化石燃料(石炭、石油、天然ガスなど)
                              ↓
   ←← (6) 温度の低い液体 ← (5)温度の高い気体 ← (4)温度の高い液体
  ↓                        
   →→ (7)温度の低い気体 → (8)ゴミや廃棄物など
               
  ---------------------------------------------------------------------
   図2 エネルギーの質の順位と環境問題への取り組み

図2に示すように、(1)→(2)→・・・(8)と進むに従って、エネルギーの質の順位が下がって行きます。質の順位が高いほど、人為でコントロールでき、仕事を取り出せる良質のエネルギーです。逆に、質の順位が低いほど人為でコントロールができず、仕事を取り出せない質の悪いエネルギーです。(1)→(2)→・・・(8)と進むに従ってポテンシャルは減少し、エントロピーは増大します。

すべてのエネルギーの源である太陽エネルギーが最も質の順位が高く、大気中の温度の低い熱量やゴミや廃棄物などが最も質の順位の低いエネルギーです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◆資源循環型社会を構築する論理的な意味
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
回収した資源ごみをリサイクルしてポテンシャルの高い資源に再生するには、新たに他のエネルギーのポテンシャルを消費する必要があります。この新たなポテンシャルの消費によるエントロピーの増大が、資源ごみを再生することによって達成されるエントロピーの減少より大きいと、リサイクルの意味がありません。再生するのにできるだけポテンシャルを必要としない、いわゆるリサイクルにおける環境負荷の
小さい『バイオマス資源循環型社会』を構築する論理的な意味がここにあります。

(※注)
バイオマス(biomass)は、バイオ(bio=生物、生物資源)とマス(mass=量)からなる言葉で、再生可能な、生物由来の有機性資源で、化石資源を除いたもの。
例えば、下記のサイトなどが参考になります。
             → http://www.kanto.maff.go.jp/biomass/q&a.htm

〜〜〜〜
◆まとめ
〜〜〜〜
(1)お湯を水に混ぜると、お湯のエネルギーは保存されるけれど、エントロピーが   増大する。
(2)エネルギーの『仕事をする潜在能力』のことをポテンシャルという。
(3)エントロピーが増大すれば、エネルギーの質が低下し仕事を取り出せなくなる。
   すなわち、ポテンシャルが低下する。
(4)熱エネルギーの場合、ポテンシャルを生み出しているのは、『2つの熱源の温度差』である。
(5)エネルギーを消費するということの本質は、『エネルギーそれ自体を消費して減らしているのではなく、ポテンシャルを消費して、エネルギーの質を低級化させている』ことである。
(6)リサイクルにおける環境負荷の小さい『バイオマス資源循環型社会』の構築が望まれる。

<次回予告>
私たちは、新聞を読んで情報を得て、それを役立てています。絵画を見て、音楽を聴いて感動します。情報とは何なのでしょうか? 心を揺り動かしているのは、絵画や音楽の何になのでしょうか? 次回は、『感情とエントロピー』という題で、観点をガラリと変えてエントロピーを考えてみます。もう数式や数値は出てきません。



2004.08.04