雑感  ・IT化時代の頭でっかち−相次ぐ工場災害に思う   
− IT化時代の頭でっかち−相次ぐ工場災害に思う −



今年は、工場の事故や災害が相次いで起きた年でした。7月には北九州市内の製鉄所で死亡事故、8月には三重県内のゴミ発電所の固形燃料タンクの爆発、名古屋市内の製油会社のガソリンタンク爆発、そして、9月には愛知県東海市内の製鉄所のコークスガスタンク爆発、栃木県内のタイヤ工場火災が発生しました。「安全第一」をスローガンに安全には十分注意を払ってきたはずの大企業の工場で、なぜこんなに大事故や大災害が立て続けに起きるのでしょうか。


その要因として、設備の老朽化と新規設備投資の抑制、コスト削減による保守・メンテナンス部門の省力化、ベテランを中心に実施される人員削減、熟練者から若手への技術・技能の伝承不足などが要因として挙げられています。実際は、それらの要因のいくつかが複合して起きている可能性があると思われますが、IT(情報技術)化時代の陥りやすい「IT化時代の頭でっかち」と言うことについて考えてみます。


机上でOK、でも現場に不備はないでしょうか?


IT(情報技術)化が進み、生産の各段階でコンピュータが駆使されています。設計では、コンピュータを使って製品の性能や装置の動きをシミュレーション(模擬的な予測)します。そこで、思った通りの結果が得られれば、もうものが出来た気になる。


製造では、例えば、品物を削るプログラムをコンピュータで作成し、切削のシミュレーションをコンピュータディスプレイ上で行うことができます。しかし、切削がその通りにうまく行き、思った通りの製品ができ上がるのは、品物を削る工具や品物を押さえる治具などが理想的な状態にあって切削が行われることが前提になります。机上で、あるいはコンピュータ上で、理論的にうまく行っていても、実際にものを作る現場に不備はないでしょうか?


工場の装置や設備のほとんどが、電気電子技術と情報技術を使った制御システムで制御されています。制御のフローチャート(制御の考え方)は完全でも、それを実際に実現する現場の配線やセンサーなどに不備はないのでしょうか?


工場の装置や設備の監視もコンピュータネットワークを利用して、管理室の机上のディスプレイでモニターできます。しかし、そのモニターで現場の実際の状況を全て把握できているのでしょうか? モニターに写し出されない個所、たとえばボルトやセンサーの取付けなどは緩んでないでしょうか? センサーの設置されていない個所の温度は適正でしょうか? 機械はどれも異音を出していないでしょうか?


すべてを網羅してチェックできているでしょうか?


製鉄所の装置や高炉などは、過去の設計図を参考にしたり、流用したりして設計が進められます。すなわち、ものづくりの多くは、設計の段階から過去の経験や実績をベースにしている訳です。理論計算によって全てを網羅(もうら)して予測できるほど簡単なものではありません。


組立や調整も、経験のある熟練工の人たちが介在してなされて来ました。そして、保守・メンテナンスにおいても、経験のある熟練工の人たちの感性や勘(かん)も重要な頼りでした。現場の隅々のボルト・ナットまで熟知した人たちが感性を澄まして現場を巡回してチェックしていたのです。


それが、自動化・省力化され、熟練工の感性はセンサーに、巡回は配線に置き換わりました。それはそれで、技術的な進歩であり意義あることですが、自動化・省力化されたシステムで全てを網羅してチェックできているのでしょうか? 熟知した人たちが感性を澄まして見廻りしてカバーしていたほどのレベルのチェックが実施されているのでしょうか?


ハイレベルの技術に潜(ひそ)む頭でっかち


技術やシステムがハイレベルで複雑になればなるほど、理論付けや設計もハイレベルになり、いろいろなコンピュータ支援技術を駆使してその難関をクリアする。そのハードルが高ければ高いほど、それをクリアーするのに躍起になって挑戦する。そして、理論付けや設計の難関をクリアーできれば、これで片が付いたと思う。その陰で、「あとは、ものができて当然だ」という意識で、現場が置き去りにされている、現場が視野の外に置かれている、現場のマンパワーが手薄にされている、現場が軽視されているということはないでしょうか。どんな些細(ささい)なことでも現場の実際に支障があったのではうまく行きません。理論付けや設計と同様、現場にも慎重さが要求されるのです。


H2Aロケット6号機の打ち上げ失敗


11月29日、情報収集衛星2基を搭載したH2Aロケット6号機の打ち上げに失敗しました。ロケットの打ち上げ費100億円を含めて、損失額は数100億円に達すると言われます。


原因は、大型固体補助ロケット2本のうちの1本を本体から切り離しできなかったことにあるようです。門外漢なので軽はずみなことは言えませんが、新聞報道によると、大型固体補助ロケットの切り離しは、日本でもロケット開発の当初から使用されてきた単純な技術だといわれ、宇宙開発に詳しいノンフィクション作家の中野不二男さんは、「ボルトの締め忘れのような、ロケット技術以前の低レベルな失敗で、非常に違和感をおぼえる。日本のものづくりのモラル低下が(技術の頂点を象徴する)ロケットまで及んできた。」(11月30日の朝日新聞・朝刊)と述べています。


ここで、中野不二男さんが言っている「ものづくりのモラル低下」というのは、上述したような「頭でっかち」を意味しているのではないでしょうか。工場の設備管理から先端技術開発に至るまで、もう一度、「ものづくりの原点」に立ち返って、ものづくりのシステムや手続きの在り方を精査してみる必要があるのではないでしょうか。



2003.12.10 
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